さよなら「政治家」田中康夫さん~2001年8月出直し長野知事選応援に行った「無党派」市議として~ 20016年7月12日

さよなら「政治家」田中康夫さん

私は1999年に無党派で船橋市議に当選(合格)させていただいて以来、政党には所属せず、政党の離合集散に関与せず、18年間無党派を貫いてきまし た。国会は政党政治になるのは仕方ないと思いますが、地方議会(市議会・県議会)では、政党に所属せず政党の離合集散に関与しない、「無党派」の市議・県 議の活躍の場があると思いますし、もっと「無党派」市議・県議が増えてほしいと思います。
さて私が、無党派で市議になって2年目の2000年、田中康夫さんが無党派で自民党候補を破って長野県知事になったことにには大きく励まされました。そ して、田中康夫知事が、自民党多数の長野県議会との対立から、2001年9月に出直し長野県知事選を選択された時は、無党派の砦を守ろうと8月に出直し長 野県知事選に長野まで応援に行きました。
写真はその時、選挙事務所の前で、ボランティアスタッフの方々と写したものです。
実際に応援は、善光寺の周りのボスティングでした。真夏の暑い日差しとともに、ポスティングの最後に「往生地」(おうじょうち)という地名にいたったことを今でも鮮明に覚えています。
「無党派知事の応援という『善行』をしたので、『往生の地』に到達したのか?」と感慨深く感じたものです。

 その後、田中康夫氏に対しては2期目の後半から「おごり」を感じ、応援する気が失せてきました。その後、「地方自治・無党派」を投げ捨てて、国会で「政党渡り鳥」になってしまい、今回も「おおさか維新の会」という既成政党からの立候補。
氏から学んだ「無党派で地方自治」ということで18年間貫いてきた私からは、その変節はさびしく感じられました。
今回の結果を受けて、たぶん政治家としての氏は終焉したと感じます。できれば「作家」に戻られ、また一読者として作品を読める日が来ることを祈念します。
田中康夫さん、お疲れ様でした。15年前、あなたにも触発されて貫いてきた「無党派で地方自治」の姿勢を私は今後も貫いていくつもりです。

↓2001年8月、出直し長野知事選 田中康夫さん(当時無党派)応援の事務所前にて

0108田中康夫キャプチャ



朝倉幹晴(あさくらみきはる)


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