「新型コロナウイルス感染症」に関する大学入試問題(2021年慶応大学看護医療学部「生物」入試第2問)と解答・解説

【解答】
問1(1)サイレント(突然)変異(同義置換)(2)う  (3) [採取された時期]2020年6月 [学説]分子時計

問2(1)TLR(Toll-like receptor、トル様受容体) (2)サイトカイン(cytokine)  (3) あc いk うd えa おf かh きo  (4)c (5)ホルモン

問3 (1)あi いb うh おk (2)味覚芽(味蕾) (3)大脳(皮質)

問4(1)あー140名 いー998名 (2)988名 (3)うー63名 いー7名

【解説】

問1
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)はRNAウイルスであり、自身のRNAの塩基にはT(チミン)はもたず、U(ウラシル)を持つ。したがって、本設問がUでなくTであることに疑問を持った方もおられると思う。RNAはPCR法で増幅できず、逆転写酵素(reverse transcriptase)で逆転写しDNAにしてPCR法にかけて増幅してから分析する。したがって研究者が分析を行う時はUはTに置き換わっているので、研究ベースではUをTに置き換えて扱うことが多い。なお「コドン」(codon)という言葉はmRNAの3塩基を示すことが多いが、広い意味では、RNAを逆転写で置き換えたDNAにおける3塩基も示す。(出題者におかれては、受験生に配慮し、その解説を書いていただけることを願う)

アミノ酸が置き換わる置換を非同義置換(nonsynonymous substitution)、あるいはミスセンス変異(missense mutation)という。
コドンの特に3塩基目が置き換わっても同じアミノ酸を指定することが多く、このようにアミノ酸が変化しない変異を
同義置換(synonymous substitution)あるいは、サイレント変異(silent mutation)という。
なお、アミノ酸指定コドンが終止コドンに置き換わることをナンセンス変異(nonsense mutaion)という。

(2)

は、系統樹の一番最初の状態からT24034Cのみ変異しているので「

は系統樹の一番最初の状態からT24034CとC2622Tの2か所が変異しているので「

は系統樹の一番最初からT24034C、T29095C、C18061Tの3か所が変異しているので「

(3)

変異速度は24塩基変異/年なので、2塩基変異/月。したがって12塩基変異は6か月経ていると感がが得られるので2020年6月。この学説を「分子時計」という。

 

問2

侵入する病原微生物などに対する生体防御機構を免疫(immunity)。英語immunityは、ラテン語でmunが労役(仕事・業務)を示し、im-が否定の接頭辞なので、「労役を免除する」意味から、病気を免れるという意味で使われるようになった。
以下は免疫系の全体像を示した図である。図中の番号順に確認していただくことでまず全体像を確認してほしい。

免疫は、すべての動物に備わっている自然免疫(innate immunity)と、脊椎動物で発達した獲得免疫(acquired immunity、適応免疫ともいう)に分類できる。
病原微生物(その中の異物として認識される部位や成分を抗原antigenという)に対し、最初に働くのは自然免疫である。病原微生物の個々の正確な特徴を認識する前に、皮膚や粘膜で病原微生物を物理的に防いだり、涙や鼻水に含まれる細菌細胞壁分解酵素リゾチーム(lysozym)で防いだり、好中球、マクロファージ、樹状細胞など()が病原微生物を食作用でとりこむ仕組みである。
これらの自然免疫を担う細胞は、その細胞膜表面に、様々な病原微生物に共通な成分のパターンを認識するパターン認識受容体(PRR、Pattern recognition receptor)を持つ。その典型例がTLR(トル様受容体、Toll-like receptor)((1)の解答)であり、10種類以上が知られている。
(Tollは、ショウジョウバエの発生において背と腹の軸を決定する遺伝子(が指定するタンパク質)として1985年に発見されました。発見した研究者が思わず「toll !」(ドイツ語で「すごい」という意味)と叫んだことで命名された。TLRはそのTollに似た構造を持つということから命名された。)
自然免疫にはこの他、がん細胞、ウイルス感染細胞などを細胞表面のわずかな特徴で排除するNK細胞(natural killer cell)や、病原体などを破壊するタンパク質である補体の働きも含まれる。

自然免疫だけで生体防御できなかった場合、しばらく後に獲得免疫が働き始める。これは個々の病原微生物の抗原などを正確に認識し、その抗原などに特異的に(specific)反応し除去するしくみである。、それは体液性免疫(humoral immunity)と細胞性免疫(cell mediated immunity)に分けられる。
両者とも、まず樹状細胞などが、病原微生物や抗原を細胞内に取り込み、抗原提示細胞(APC、antigen-presenting cell)となり、ヘルパーT細胞(helper T cell)にその情報を伝える。
体液性免疫では、ヘルパーT細胞が、認識した抗原を取り込みその抗原と特異的に結合できる抗体(antibody)を作るB細胞(B cell)を刺激し、その分裂と抗体の大量生産を促す。分裂増殖したB細胞を形質細胞(plasma cell)あるいは抗体産生細胞という。抗体は血液・リンパ液など体液中に大量に放出され、それが「的に当たるヤリのように」抗原と結合し、凝集したり沈殿させたりする反応抗原抗体反応(antigen-antibody reaction)を引き起こす。抗原抗体反応の舞台は体液なので体液性免疫という。体液性免疫は、体液内で分裂増殖し、細胞表面に様々な抗原を持つ細菌に対する免疫においてよく働く。またウイルスに対する免疫では、ウイルスが細胞に侵入する前で体液にある状態で働く。このウイルスに対する抗体を特に中和抗体(neutralizing antibody)という。一般にウイルスに対するワクチンはこの中和抗体を作らせることを誘導することで、ウイルスに対する免疫を獲得させる。

細胞性免疫は、ウイルスに感染された自らの細胞や、自らの細胞が変化し制御なく増殖しはじめたがん細胞、臓器移植の際の他人の臓器に対する拒絶反応などで働く。つまり、細胞性免疫の相手は、体液中に浮遊している病原微生物ではなく、(自らの)細胞であることが多い。
これらの細胞に対しては、抗体などの「やり」では対処ができず、細胞まるごとを排除する。ヘルパーT細胞から、そのウイルスや、正常細胞にはなくがん細胞に変化した時に特異的に発現するタンパク質の情報を得たキラーT細胞(細胞傷害性T細胞)が、そのウイルス感染細胞、がん細胞、他人の移植細胞を排除する。

ヘルパーT細胞(helper T cell他の細胞に情報を伝え、他の細胞の働きの活性化を助ける)とキラーT細胞(killer T cell、狙った細胞を、殺し屋(killer)として殺す)という言葉は単刀直入でわかりやすいが、キラー(killer、殺し屋)という言葉使いはよくないのではないかとの反省から、最近は、細胞傷害性(「障害」ではない)という言葉が使われ、細胞傷害性T細胞(T cytotoxic cell、略称Tc、細胞傷害性Tリンパ球(cytotoxic T lymohocyte、略称CTL)と言われる。ヘルパーT細胞とキラーT細胞を比較する文脈ではThとTcの略号、キラーT細胞のみを論じる文脈では略号CTLが使われる傾向がある。cyto-はギリシャ語由来の英語接頭辞で「細胞の」を示し、toxicはギリシャ語由来の英語で「毒」を示す。
なおT細胞は胸腺(Thymus)で分化成熟することから、B細胞は、鳥では、総排泄腔近くにある袋状の器官である「ファブリキウスのう」(Bursa of Fabricius)で分化成熟するこことから命名された。ヒトではB細胞を分化成熟する特定の器官はなく、骨髄での生成後徐々に成熟する。

正常細胞ががん細胞化する時、あるいは正常細胞がウイルスに感染させられウイルス感染細胞になる時、細胞はウイルス断片やがん細胞特有のタンパク質を細胞表面に提示することが多い。まるで「私はがん化してしまったので(私はウイルスに感染させられてしまったので)、免疫細胞さん、私を排除してください」と提示するようなものである。ヘルパーT細胞から、ウイルス断片やがん細胞特有のタンパク質などの情報を認識した細胞傷害性T細胞は、体内をパトロールし、細胞表面にそれらを提示している細胞を発見すると、その細胞を破壊する。また他人の臓器の細胞の場合は、細胞表面の非自己のタンパク質などを認識して破壊する。

 いったんこれらの活動で活性化した細胞はキラーT細胞とヘルパーT細胞もB細胞も免疫記憶細胞として残され、2度目の感染の際に速やかに働く。抗体産生をするB細胞の場合は、抗体の産生が速くなるだけでなく産生量も増す。これをブースター効果という。新型コロナウイルスワクチンを2回目を投与する理由は、抗体産生量を増すことによる効果増加が目的である。

体液性免疫でも細胞性免疫でも、免疫細胞は他の免疫細胞を活性化する物質を出す。これをサイトカイン(cytokine)((2)の解答)という。その一例がインターロイキンである。新型コロナウイルス感染症の場合、このサイトカインが適度でなく過量に出されることで、免疫系が過剰に働き、重症化や死をもたらすサイトカインストーム(cytokine storm、stormは嵐)が問題になっている。正式な日本語訳はないが「免疫暴走」と表現することもある。

サイトカイン(cytokine)はcyto-がギリシャ語由来の英語で「細胞」、kineがギリシャ語由来の英語で「活性化する」で合わせて「他の細胞を活性化する物質」という意味。インターロイキン(interleukin)は白血球(leukocyte、white blood cell、WBCともいう)が出し、「白血球の間(inter)で働く物質」という意味。T細胞・B細胞など免疫細胞は広義には白血球の一種とされる。「白血球」という言葉は「赤血球」でも「血小板」でもない血液・リンパ液中の血球(細胞)の総称である。

設問にある以下の図は、ウイルス感染をきっかけに、それに対抗する免疫細胞どうしが刺激し合うサイトカインの一種であるインターロイキンが出され、次に獲得免疫である体液性免疫の抗体の産生が始まり、(中和)抗体の産生でウイルスが抑えられていくという時系列の流れを示している。

また、体液性免疫・細胞性免疫ともに、一度行うと、その抗原などの情報で活性化されたT細胞、B細胞は免疫記憶細胞(memory cell)として残り、二度目の同じ抗原に対しては速やかに大きな反応を引き起こす。この作用を免疫記憶(immunological memory)という。

(3)樹状細胞がウイルスの一部をMHC分子を使って抗原として細胞外に提示し、T細胞を活性化させるとともに、情報伝達物質を分泌する。T細胞の1つであるあ(cキラーT細胞)は、活性化して増殖し、ウイルス感染細胞を攻撃して排除する。この働きをい(k細胞性免疫)という。もう1つのT細胞のう(dヘルパーT細胞)は、ウイルスを取り込んだえ(aB細胞)と抗原提示を介して認識し、の増殖後、分化してお(f形質細胞(抗体産生細胞))となり、抗体を産生する。抗体は抗原を特異的に結合し(抗原抗体反応)、マクロファージや好中球などの食作用による排除に貢献する。
 増殖したT細胞やB細胞の一部はか(h記憶細胞)として残り、再び同じ病原体が体内に侵入した場合、このが速やかに、かつ強い排除を行うことが可能になる。この現象をき(o免疫記憶)という。
(4)ペプチド結合の切断は加水分解であるので加水分解酵素(hydrolase)(c)である。
(5)ホルモン(hormone)。ギリシャ語(由来の英語)で「刺激する物」の意味。

問3

 動物は外部環境の情報を刺激として完治・受容し、適切な応答を行う。様々な刺激のうち、あを主に感知する感覚として、嗅覚および味覚がある。呼吸で取り込んだ空気中のあ(i化学物質)は、鼻腔内の嗅上皮にある嗅細胞のい(b嗅繊毛)に存在する受容体が受け取り、嗅神経を介してにおいとして脳へ伝わる。ここで嗅細胞ごとに受け取るが異なることで、我々はにおいの違いを区別することができる。
一方で口の中に入ったは、舌のう(h味細胞)で苦味・甘味・塩味・酸味・旨味の5つの種類に分けることができる。ここでに加え、支持細胞や基底細胞とともに形成されていると呼ばれる構造がある。このは舌に5千から一万個あるとされており、受容体電位がシナプスを介してお(k味神経)の興奮を引き起こす。
文章にあるとおり、嗅覚も味覚も化学物質の受容である。嗅覚は空気中に浮遊していた化学物質、味覚は飲食物の液体の中に溶けていた化学物質を受容する。
嗅覚は刺激を受け取った細胞が興奮し、その興奮を中枢神経に伝える。一方、味覚の場合はまず、感覚細胞である味細胞が刺激を受容し、シナプスを介して他の神経細胞を興奮させ、興奮を中枢神経に伝える。適刺激の種類で分類すると以下のようになる。
(2)味蕾(味覚芽)
(3)感覚情報の統合と、効果器(筋肉など)に伝える処理をする部位なので大脳

問4

本設問は2000年秋に行われた医療界・言論界・行政を含めて大論争になった「PCRの対象をどこまで広げるか」(検査拡充VS限定(抑制))の基礎となった計算式である。それがそのままズバリ、入試問題となっているのだがら、題材としては、ある意味では申し分ない。そして出題者は限定の意見である。出題者がその意見を持っているのは差支えないと思うが、多様な視点を持って学ぶ次世代を育てる素材となる入試問題としては疑問がある。以下のような表現にしたほうがよいと思う。

PCR検査拡充に関しては拡充したほうがよいという意見もある一方で、感染疑いのある集団(感染者の割合が高い集団)に制限するほうがよいという意見もある。その意見の根拠となったのは以下のような計算である(なお、検体採取の仕方・採取時期、その国(地域)の医療資源の度合い、PCR検査能力などによって、対象拡大の是非は左右されるので、その都度判断されるべきだろう)。この計算に基づき、以下の問いに答えよ。

さて、まずは単純にこの計算式の意味を理解しよう。わかりやすいモデルとして、感染率10%(こんな高い感染率は考えにくいが最初の理解のための単純なモデル)の1000人の集団で、感度70%、特異度99%で考えると以下のようになる。

 

 

 

1000人中39人の「誤判定」があることになる。これはPCR装置そのものの精度が低いのではなく、検体採取の方法や時期に左右されることが多い。この「誤判定」が赤字で書いたような意味で、感染拡大や医療資源圧迫の可能性を秘めている。但し、最近はPCR検査結果の陽性・陰性に関わらず、経過観察の期間を十分に持つようにしているし、陽性者の場合も無症状の場合は、医療資源を使わず、ホテル入所にすることで、「誤判定」によるリスク・負担を回避する施策がとられている。

(1)以下の表のように、あ(陽性判定の感染者)140人、い(擬陽性の健常者)998人

このように感染率の低い(0.2%)集団で、大規模に全員にPCRをすると擬陽性が多く医療資源を圧迫するということが、この式を根拠に、2020年の夏・秋にさかんに語られた。

(2)の前提は「陰性の結果が出た人で二回目のPCRを行うと、ほとんどの感染者は陽性として検出できると期待できる」と問題文に書いてある。したがって上表で擬陽性の60人はすべて陽性に判定できるということである。すると陰性であった98802人に関して、特異度99%で1%は擬陽性が出るということになる。
98802× 1/100=988.02   整数で答えると988人。

(3)

この表を「虫食い算」と設問全体を貫く前提である感度70%、特異度99%で計算すると以下のようになる。下表で、)の順に計算してみるとわかるはずである。

う(偽陰性)63人、い(擬陽性)7人

【感度70%、特異度99%、市中感染率低い】モデルが社会的に引き起こした論争

このモデルは様々な論争を引き起こした。

「PCRが受けられない」訴えの裏で… 厚労省は抑制に奔走していた (東京新聞)

PCR検査体制の拡充と偽陽性の問題

特異度や市中感染率の前提が違うのではないかとの議論もある。ちなみに
本設問のモデル「感染率0.2%、感度70%、特異度99%」と「感染率1%、感度70%、特異度99.9%」の表を併記する。前提によってとらえ方が異なり、政策判断も異なるかもしれないということを感じてほしい。

なお、看護学部はもう1題、PCR法とCt値に関する問題も出題しています。こちらもご参考にください。
2021年慶応大学看護医療学部「生物」第1問(4)(PCR法とCt値)問題・解答・解説

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