「病原微生物の感染判定法(イムノクロマトグラフィー法)」に関する大学入試問題(2021年群馬大理工学部「生物」第1問(1))と解答解説

解答

問1 アー角質(keratin) イーリゾチーム(lysozym) ウーマクロファージ(macrophage)あるいは樹状細胞(dendritic cell) エー好中球(neutrophil) オーNK(natural killer cell) カー補体(complement)

問2 

問3

問4 陰性 判定不能 陽性

問5 判定部1はタンパク質Aに結合する抗体を検出する役割で、判定部2は、その他の血清中のすべての抗体濃度が十分に高いことを調べる役割(64字)
(判定部1はタンパク質Aに結合する抗体を検出する役割で、判定部2は、検査そのものが成功していることを確認する役割。)(57字)

問6 血清中の抗体濃度が極端に低い場合。(17字)

 

解説

まず、問4~問6のイムノクロマトグラフィー法(immnochromatography method、イムノクロマト法と略すること多い)を解説しよう。

クロマトクロマトグラフィーとは、液体などの中の成分を移動させながら、成分によって異なる位置に分離・定着し発色する(させる)ことを通じて分析する方法。immno-はimmunity(免疫)を示す接頭辞で、クロマトグラフィー法に免疫反応(とくに抗体の反応)を活用したものをイムノクロマトグラフィー法と呼ぶ。
イムノクロマト法で、一番有名な実用例は、病原微生物の成分のある抗原の有無を調べて、その病原微生物に感染しているかを調べる迅速診断キットで、インフルエンザウイルス感染の迅速検査で活用されている。
まず、病原微生物の抗原のイムノクロマトグラフィー法を確認しよう。

目的の病原微生物の抗原には色はついていないが、その抗原に結合する抗体に金コロイドなどの(主に赤く)発色する目印をつけておき、上記のようにそれぞれの抗体が結合した部位を配置する。

その上で検体滴下部に検体を滴下し、図の右方向に検体液体中の物質を移動させていく。

1列目の図は目的の抗原を含む検体の場合、それが標識抗体の位置まで移動すると、標識抗体と結合して移動する。更に判定ラインまで到達すると、判定ラインにある抗体が、標識抗体とは別の部位で抗原に結合する。標識抗体と判定ラインの抗体で抗原をサンドイッチのようにはさむ。するとその位置に金コロイドなどが残り赤く見える。さらに抗原と結合していない標識抗体はコントロールラインまで移動する。コントロールラインの抗体は、検体内の抗体と結合することができ、ここにも金コロイドが残り赤く見える。判定ラインもコントロールライン両方とも赤くなった場合、抗原を含むので「陽性」と判定される。
2列目の図は目的の抗原を含ままない検体である。標識抗体は抗原と結合していないため、判定ラインは素通りするが、コントロールラインでは結合する。したがって判定ラインは白(発色せず)、コントロールラインのみ赤くなった場合は、抗原を含まないので「陰性」と判定される。
3列目の図は、実験(検査)が失敗していたり、検体内の物質が微量であった場合である。移動そのものがおきないかごく微量のため、判定ライン・コントロールラインともに白(発色せず)のままである。
つまり「コントロールライン」は実験(検査)が成功したことを示すラインで、ここが赤くならなかった場合は再検査が必要である。

では、この方法の一番の実用例のインフルエンザA型・B型判定の迅速診断キットの原理を説明しよう。みなさんの中にも、かかりつけ医などが、この迅速診断を目の前で見せてくれた経験のある人もいるでしょう。スイカなどのカードより小さなキットですぐ検査できる。

AラインはA型インフルエンザの抗原、BラインはB型インフルエンザの抗原の有無を判定するラインである。ただその次のCラインは(勘違いされやすいが)「C型インフルエンザ」判定のラインでなく「control line」である。図のように判定できる。

さて、実は、本設問は、以上述べたのような「抗原」を確認する検査ではなく、「抗体」の有無の確認である。したがって、感染直後の迅速診断ではなく、感染後何日か経た後、抗体が獲得されたかどうかを確認している。しかし基本原理は同じであるが、「抗原」検査と「抗体」検査の若干の差異を理解しておこう。出題図を、これまでの説明図にならって、1列目に、抗体をラインの真上に表記する形で描きなおしてみると以下のようになる。

2列目~4列目は「陽性」「陰性」「判定不能」の状態を示す。
図では、血清の中に含まれているヒトの抗体を青で示しクロマトグラフィー側にある抗体(黒)と区別した。

まず、図の2列目では、検体内に太いYの字で示した目的の病原微生物のタンパク質Aに対する抗体、そして他の抗体を含む。まず標識抗体の抗体B結合部ですべての抗体の定常部に抗体Bが結合し移動する。そして判定部1に到達すると、タンパク質Aと太いYが結合するため、判定部1は赤くなる。更に判定部2(これまでの説明ではコントロールライン)で、すべての標識抗体が捕捉されるため、ここも赤くなる。判定部1・2とも赤の場合、陽性とわかる。

 

図の3列目では、検体内に目的の抗体はなく他の抗体のみがある。すると判定部1は素通りするが、判定部2(コントロールライン)では補足され、赤くなる。判定部1が白く、判定部2が赤い場合、陰性とわかる。

図の4列目は、実験が失敗したか、検体内の抗体が微量すぎる場合で、移動が起きない(ごく微量である)ため、判定部1・2とも白であり、判定不能とわかる。

 

最初の説明では「判定ライン」「コントロールライン」両方白の場合、「実験失敗」と表現したが、本設問の問6では「血清中の抗体がどのような状態の場合に、判定不能となるか?」となっているので、実験そのものの失敗は想定されていない問いなので、抗体が微量で検出できなかったと答えた。

問2〇 × 桑実胚→胞胚 × ES細胞の中に内部細胞塊があるので同時である。

〇   × マスト細胞(肥満細胞、mast cell)はアレルギー反応に関係しヒスタミンを分泌し炎症を引き起こす細胞。すい臓β細胞とは直接関係ない。

問3 血液を容器に入れて放置したとき、血球部分などは凝固し血餅(けっぺい)となる。その時、残りの上澄み(上清)となる液体成分を血清(serum)という。
凝固する前の血液(人体内の血液)における液体成分を血漿(血しょう、blood plasma)、細胞成分を血球(blood cell)という。

 


フィブリノゲンという水溶性の成分が変化し、フィブリンという不溶性の繊維となり、血球をからみつけて血餅となる。

つまり、血清=血しょうーフィブリノゲン(他血液凝固に関わる成分)である。(血清≠血しょう)。

「フィブリンは含まれていない。」〇
「血液から血小板だけを除いたものである。」×赤血球・白血球もフィブリンにからみつき、血餅となる。
「血液を静置した場合にみられる沈殿成分を除いた液体成分である。」〇
「赤血球や白血球が含まれている。」× 含まれるのは血餅のほうである。
「血液にクエン酸ナトリウムを加えた後、血球成分を除いた液体成分である。」×
クエン酸ナトリウムはCa2+を除去することで、上図の血液凝固の初期の反応を阻害し、血液凝固を防ぐ方法。血しょう成分を輸血するなども場合含めることがある。したがって、この場合の液体は、フィブリノゲンは除去されていないので、血清ではなく、血しょうに近い。(Ca2+を除去した血しょう)。

〇 × 桑実胚→胞胚 × ES細胞の中に内部細胞塊があるので同時である。

〇   × マスト細胞(肥満細胞、

 

 

問1

侵入する病原微生物などに対する生体防御機構を免疫(immunity)。英語immunityは、ラテン語でmunが労役(仕事・業務)を示し、im-が否定の接頭辞なので、「労役を免除する」意味から、病気を免れるという意味で使われるようになった。
以下は免疫系の全体像を示した図である。図中の番号順に確認していただくことでまず全体像を確認してほしい。

免疫は、すべての動物に備わっている自然免疫(innate immunity)と、脊椎動物で発達した獲得免疫(acquired immunity、適応免疫ともいう)に分類できる。
病原微生物(その中の異物として認識される部位や成分を抗原antigenという)に対し、最初に働くのは自然免疫である。病原微生物の個々の正確な特徴を認識する前に、皮膚や粘膜で病原微生物を物理的に防いだり、涙や鼻水に含まれる細菌細胞壁分解酵素リゾチーム(lysozym)で防いだり、好中球、マクロファージ、樹状細胞など()が病原微生物を食作用でとりこむ仕組みである。
これらの自然免疫を担う細胞は、その細胞膜表面に、様々な病原微生物に共通な成分のパターンを認識するパターン認識受容体(PRR、Pattern recognition receptor)を持つ。その典型例がTLR(トル様受容体、Toll-like receptor)((1)の解答)であり、10種類以上が知られている。
(Tollは、ショウジョウバエの発生において背と腹の軸を決定する遺伝子(が指定するタンパク質)として1985年に発見されました。発見した研究者が思わず「toll !」(ドイツ語で「すごい」という意味)と叫んだことで命名された。TLRはそのTollに似た構造を持つということから命名された。)
自然免疫にはこの他、がん細胞などを細胞表面のわずかな特徴で排除するNK細胞(natural killer cell)や、病原体などを破壊するタンパク質である補体の働きも含まれる。

自然免疫だけで生体防御できなかった場合、しばらく後に獲得免疫が働き始める。これは個々の病原微生物の抗原などを正確に認識し、その抗原などに特異的に(specific)反応し除去するしくみである。、それは体液性免疫(humoral immunity)と細胞性免疫(cell mediated immunity)に分けられる。
両者とも、まず樹状細胞などが、病原微生物や抗原を細胞内に取り込み、抗原提示細胞(APC、antigen-presenting cell)となり、ヘルパーT細胞(helper T cell)にその情報を伝える。
体液性免疫では、ヘルパーT細胞が、認識した抗原を取り込みその抗原と特異的に結合できる抗体(antibody)を作るB細胞(B cell)を刺激し、その分裂と抗体の大量生産を促す。分裂増殖したB細胞を形質細胞(plasma cell)あるいは抗体産生細胞という。抗体は血液・リンパ液など体液中に大量に放出され、それが「的に当たるヤリのように」抗原と結合し、凝集したり沈殿させたりする反応抗原抗体反応(antigen-antibody reaction)を引き起こす。抗原抗体反応の舞台は体液なので体液性免疫という。体液性免疫は、体液内で分裂増殖し、細胞表面に様々な抗原を持つ細菌に対する免疫においてよく働く。またウイルスに対する免疫では、ウイルスが細胞に侵入する前で体液にある状態で働く。このウイルスに対する抗体を特に中和抗体(neutralizing antibody)という。一般にウイルスに対するワクチンはこの中和抗体を作らせることを誘導することで、ウイルスに対する免疫を獲得させる。

細胞性免疫は、ウイルスに感染された自らの細胞や、自らの細胞が変化し制御なく増殖しはじめたがん細胞、臓器移植の際の他人の臓器に対する拒絶反応などで働く。つまり、細胞性免疫の相手は、体液中に浮遊している病原微生物ではなく、(自らの)細胞であることが多い。
これらの細胞に対しては、抗体などの「やり」では対処ができず、細胞まるごとを排除する。ヘルパーT細胞から、そのウイルスや、正常細胞にはなくがん細胞に変化した時に特異的に発現するタンパク質の情報を得たキラーT細胞(細胞傷害性T細胞)が、そのウイルス感染細胞、がん細胞、他人の移植細胞を排除する。

ヘルパーT細胞(helper T cell他の細胞に情報を伝え、他の細胞の働きの活性化を助ける)とキラーT細胞(killer T cell、狙った細胞を、殺し屋(killer)として殺す)という言葉は単刀直入でわかりやすいが、キラー(killer、殺し屋)という言葉使いはよくないのではないかとの反省から、最近は、細胞傷害性(「障害」ではない)という言葉が使われ、細胞傷害性T細胞(T cytotoxic cell、略称Tc、細胞傷害性Tリンパ球(cytotoxic T lymohocyte、略称CTL)と言われる。ヘルパーT細胞とキラーT細胞を比較する文脈ではThとTcの略号、キラーT細胞のみを論じる文脈では略号CTLが使われる傾向がある。cyto-はギリシャ語由来の英語接頭辞で「細胞の」を示し、toxicはギリシャ語由来の英語で「毒」を示す。
なおT細胞は胸腺(Thymus)で分化成熟することから、B細胞は、鳥では、総排泄腔近くにある袋状の器官である「ファブリキウスのう」(Bursa of Fabricius)で分化成熟するこことから命名された。ヒトではB細胞を分化成熟する特定の器官はなく、骨髄での生成後徐々に成熟する。

正常細胞ががん細胞化する時、あるいは正常細胞がウイルスに感染させられウイルス感染細胞になる時、細胞はウイルス断片やがん細胞特有のタンパク質を細胞表面に提示することが多い。まるで「私はがん化してしまったので(私はウイルスに感染させられてしまったので)、免疫細胞さん、私を排除してください」と提示するようなものである。ヘルパーT細胞から、ウイルス断片やがん細胞特有のタンパク質などの情報を認識した細胞傷害性T細胞は、体内をパトロールし、細胞表面にそれらを提示している細胞を発見すると、その細胞を破壊する。また他人の臓器の細胞の場合は、細胞表面の非自己のタンパク質などを認識して破壊する。自らの免疫細胞が、細胞を破壊する免疫なので、細胞性免疫という。
体液性免疫でも細胞性免疫でも、免疫細胞は他の免疫細胞を活性化する物質を出す。これをサイトカイン(cytokine)((2)の解答)という。その一例がインターロイキンである。新型コロナウイルス感染症の場合、このサイトカインが適度でなく過量に出されることで、免疫系が過剰に働き、重症化や死をもたらすサイトカインストーム(cytokine storm、stormは嵐)が問題になっている。正式な日本語訳はないが「免疫暴走」と表現することもある。

サイトカイン(cytokine)はcyto-がギリシャ語由来の英語で「細胞」、kineがギリシャ語由来の英語で「活性化する」で合わせて「他の細胞を活性化する物質」という意味。インターロイキン(interleukin)は白血球(leukocyte、white blood cell、WBCともいう)が出し、「白血球の間(inter)で働く物質」という意味。T細胞・B細胞など免疫細胞は広義には白血球の一種とされる。「白血球」という言葉は「赤血球」でも「血小板」でもない血液・リンパ液中の血球(細胞)の総称である。

 

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