生成AIに関する大学研究者へのインタビュー(2023年4月6日)

2023年4月6日に、田野尻哲郎さん(前・大阪大学招へい准教授)にインタビューした内容です。

田野尻哲郎(県立船橋高校普通科卒、前・大阪大学招へい准教授、東京外国語大学、拓殖大学、大正大学ほか非常勤講師、京都文教大学客員研究員)

聞き手:朝倉幹晴(船橋市議・予備校生物科講師)

【Q1(朝倉)】(活用か使用制限か)
生成系AI(Generative AI)と総称されるChatGPT, BingAI, Bard, Midjourney, Stable Diffusion等が、2022年後半に創発(全く新しく異質な、総てを変革するものごとが突然に出現すること)しました。 これは経済と政治、社会と文化、教育を完全に変えてしまうだろうと言われています。 また、経済と政治、社会と文化、教育を破壊する可能性があるから、使用を制限するべきではないかという論議もあります。 先生はどう考えますか。

【A1(田野尻)】  生成系AIは、既存の総てのドキュメントに基づいて、人間に理解できる形式と蓋然性の高い内容を兼備したドキュメントを作成します。 つまり「文化と社会の縮約」を、その場その場に合った形で作り出すのが生成系AIです。 汎用人工知能(AGI、Artificial General Intelligence)実現へはまだまだ遠いとはいえ、この創発が昨年中頃までに起きた理由は未だ不明です。 機械化とICT(Information and Communication Technology、情報通信技術)が隅々まで浸透した現代の私たちは、生成系AIといつも一緒に企業や行政などの運営といった社会レベルの活動から個人レベルでの知的作業や経済活動までを現実的に実行できることになるでしょう。 AI・機械を敵視し排除する古めかしい図式は、もう忘れましょう。 人間とAI・機械の共生システムの最小構成単位として、これからの私たちはやっていくこととなります。 人間と社会にとって大切なのは、この変革の現状と方向を理解することと、社会即ち人間とAI・機械共生システム複合体の幸福のための各種規制と倫理を検討し、実装することです。 生成系AIには、様々な場面と次元でのルーティンワークを任せることができます。 ですから人間の仕事は、目的・目標設定、生成系AIとの対話と、生成系AIの出力に対する評価になると予想されます。 創造的な目的・目標の設定、生成系AIとの適切な「対話」、評価の根拠となる「教養」が、人間に求められるスキルです。 それを可能とする新しい教育がいま、学校教育と社会教育で求められています。 私は現在これに対応する研究テーマの一つとして、大学の英語教育への生成系AIの導入に取り組んでいます。

【Q2(朝倉)】~活用にあたっての倫理の話し合いは?~
かつて、1970年代に、生物学の世界で遺伝子組換え技術が確立された時、このまま、無制限に実験を広げてよいのかという議論が生物学者内部で起き、世界の生物学者が、一旦、実験を停止し、アメリカ合衆国カルフォルニア州のアシロマに一堂に会して、実験再開の条件を話し合いました。その結果、生物学的封じ込め(仮に実験室から環境中に出ても生き続けられないような大腸菌などを実験に使うこと)、物理学的封じ込め(環境中に流出しないように実験室の防御を行うこと)を条件に実験を再開しました。
生成AIに関しても、2017年に世界のAI研究者が集うアシロマAI会議が開かれ、当時の一般的な危惧をもとに「アシロマAI23原則」が決定されたと聞きます。その内容、またchatGPT公開以降の現段階で更に綿密な国際会議と基準づくりが必要ではないでしょうか?

【A2(田野尻)】アシロマ会議も含めて、科学技術に関する倫理に関する意思決定に関しては、3つの類型が国際的にあると言われていいる。
第1の類型は、アメリカ型で、巨大組織による中央集権的、トップダウン、ピラミッド型の組織による意志決定である。
第2の類型は、フランス型で、人的ネットワークによる意志決定である。フランスは一部の特権階級だけが、国家・政府・大企業の幹部になり、その閉鎖された人間関係の中ですべて回していく国家システムである。この集団の中での意志決定である。
第3の類型が、日本型である。いくつかの並立する巨大組織と特定のキーパースンたちによる意志決定であり、アメリカ型とフランス型の折衷である。この方法では特定のキーパースンだけに権力が集中しがちである。
今の生成系AIの国際倫理基準は、日本型の方法でも合意形成がされようとしていると予測される。
2017年のアシロマAI23原則はいわゆる「ロボット3原則の拡張」のようなもので、今(2023年)となっては大過去のものである。
したがって、新しい倫理基準のための「アシロマ会議」(に相当するもの)が今年の夏(2023年夏)までには行われると考える。生成AIの技術革新は半年以内に起きているので、次の半年以内に対応しておかないとコントロール不可能となってしまうことが危惧されるので、夏までには行われると考える。

【Q3(朝倉)】~生成AIは「思考」をするようになるのか?
生成AIは、大量の既存の文章やコンテンツの機械学習と強化学習を通じ、確率的にもっともらしい文章を作成していくものであり、AIが「思考」をしているものではないとの説明を聞いたことがある。今後、生成AIが「思考」をするように発展する可能性はあるのでしょうか?

【A3(田野尻)】
1980年代以降のいわゆる「脳科学」の進歩によって、「思考」とは何かが進化論的に確認されつつある。「思考」が「あるかないか」ではなく、きわめてprimitive(原初的)の思考から、組織化・高度化された思考までスペクトラムがあるということである。山の中で菌糸をはっている菌類たちは、primitiveであっても山の単位で思考をしていると見る見方ができる。その意味では生成AIもかなり高度な思考していると考えられる。ただAIは人間の意図を十分に汲み取っていないので見当違いのことを言うこともあるが、もう思考をしていると考えることができる。人間の思考とAIの思考との間に本質的な違いを見出すことはできない。

【Q4(朝倉)】~個々人の質問に対しての生成AIの答の特徴~
同じ趣旨の質問でも、個々人の質問の仕方の個性が違うと、異なる答が返ってくると聞きます。生成AI自体はネット上で情報を共有しているはずであるが、個々人が接する生成AIは、それぞれに個々人に対して個性が出てくるのでしょうか?

【A4(田野尻)】同じ内容の質問でも、聞き方が違うと答え方も違ってくる。ぶっきらぼうな質問に対してはぶっきらぼうな答えが、親切丁寧な質問に対しては親切丁寧な答が返ってくる。

【Q5(朝倉)】~行政とAI~
現実社会との関連の問題を質問します。私は市議会議員をしているので、地方や国の行政への生成AIを影響を考えています。行政の仕事でかなりの比重を占めている文書作成などは生成AIが代替でき業務の軽減ができるだろうと思う一方、保健師による住民の健康管理・保健指導や、学校教育における教師のクラス運営に関する情報などの部分で代替が難しい部分もあるのではないかと思います。行政における生成AIの役割に関してどのようなお考えをお持ちでしょうか?

【A5(田野尻)】行政の扱う個人情報の部分はマスキングなどの処理を行うことでクリアできると思う。今やるべきことは、行政でも教育でも、大急ぎで、事務処理に適したシステムである生成系AIの活用のための知見を人間の側に蓄えることだと思う。

【Q6(朝倉)】~医師の診断の仕事を生成系AIは代替できるのか?~
私は医学部受験予備校で教えてきて、多くの元生徒が医師になっている。医学部に入ると6年間の専門教育、医師国家試験、そして卒後10年の診療経験を経て、16年ほどかけて診断の専門技能を高めていく。ChatGPT4.0では画像も処理できるというが、16年ぐらいの研鑽を重ねた医師の診断を生成AIがどの程度代替できるのか?

【A6(田野尻)】画像診断に関してはAIが最も得意とする分野で、全面的にAIに委託したほうがよい。細かい検査数値に関しても同様である。人間の医師は医歴10年であっても16年しか学んでいないこととなるが、AIは原理的に医学が発展した以降の全情報を持っていることになる。
それでは、医師の仕事は、どうなるのか?診断の最終判断、つまりAIの診断の監査は人間の医師であり続けていいと思う。今後、primary careの多くの部分がAIが担うようになっても、「生き死に」に関する、あるいは長期の患者支援に関する分野は人間の医師の役割が残り続ける。

【Q7(朝倉)】~生成AIでなくなる仕事はあるのか?~
今、TVのワイドショーなどで、「生成AIの普及でなくなる仕事、残る仕事」などの特集が組まれている。これからどのような職種に影響が出てくるのでしょうか?

【A7(田野尻)】「アメリカでは今後2年間で4000万人が失業する」などの言われ方もしている。しかし、コンピューターが普及する以前の会社では、「事務系OL」が出張時の宿の予約や切符の手配などをしていた。コンピューターが普及し、そのような業務はアプリが行うようになった。それでは「事務系OL」が完全に失業したかというと、新たに出現したコンピューターの管理や他の業務に変更して仕事をし続けていることが多いのではないでしょうか。
つまり、人間の仕事は、生成AIや汎用AIの維持・管理の仕事に業務内容が変化し、職種の名前自身は変わらず、業務の内容が変わるのではないかと考えられる。

【Q8(朝倉)】日常の家庭生活に対する影響は?
【A8(田野尻)】既に、ほとんどの電化製品はほとんどICチップが入っている。これがAIに変わっていく。すると家の中の電化製品と言葉で会話できるようになる。