「新型コロナウイルス感染症」に関する大学入試問題(2021年慶応大学看護医療学部「生物」入試第2問)と解答・解説

2021年7月6日 予備校講師・船橋市議・日本分子生物学会会員 朝倉幹晴

慶應大学看護医療学部2021年入試の問題は、新型コロナウイルスに関して、非常に深めて出題された良問です。受験生とともに、新型コロナウイルスに取り組み多くの関係者や市民の皆様にもご覧いただきたく問題・解答・解説を作りました。なお入試問題は白黒ですが、画面上ですので、意味を変えない範囲で一部カラー化しました。
(なお、本設問出題によって、将来、感染症・ウイルスに取り組む医療者や研究者となりうる受験生たちの学びのきっかけになると感謝しています。ただ、同時に、私から見て出題の記述を改善したほうがよいと思う点もあります。その点は解説の中で言及いたします)

なお、看護学部はもう1題、PCR法とCt値に関する問題も出題しています。こちらもご参考にください。
2021年慶応大学看護医療学部「生物」第1問(4)(PCR法とCt値)問題・解答・解説

2021年慶応大学看護医療学部入試「生物」第2問

2019年12月下旬、中華人民共和国の武漢市において最初に確認され、世界的な流行となった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の疫学調査について以下の問いに答えなさい。

問1 47人の患者から採取されたSARS―CoV-2ウイルスのゲノム解析が行われ、60の塩基が置換された部分が見つかり、そのうちの13の部位(614,2662,5084,18060,24034,24325,26144,26720,28077,28144,28854,29095番目)を集計した。例えばゲノムの部位28144では塩基TがCに置換され、ロイシンがセリンに置換していたが、この置換はコウモリ由来のウイルスがヒトからヒトへ感染する能力を得た原因になった変異であるとされている。
(1) ここでゲノム部位29095にある塩基CがTに変異が起きているが、アミノ酸は元のフェニルアラニンのままである。このようなアミノ酸配列に影響がない変異をなんというか答えなさい。
(2) 下の図では、解析したウイルスゲノム配列から系統樹を作成し、13箇所の変異をその右に示している。図中の「M933」は比較に用いたコウモリ由来のゲノム配列の塩基を意味する。また、系統樹での黒丸は塩基が置換した位置を示しており、例えば「C18060T」はゲノム名M933がG000に移行する過程で部位18060の塩基CがTへ置換したことを意味する。1~3に対応する13箇所の置換部位の変異の組み合わせを(あ)~(か)から選び、記号で答えなさい。
(3) ウイルス1ゲノム内での変異速度を測定すると、約24塩基/年であった。ある患者からウイルスを採取し、ゲノムを解析したところ、2019年12月の武漢でのウイルス株と比較して12塩基の変異が確認された。この株は何年何月に採取されたと考えられるか?またこのように変異した塩基数から、分岐された年代を推定することができるとする学説を何というか答えなさい。
問2 ウイルスが体内に侵入すると自然免疫がまず働き、続いて獲得免疫(適応免疫)が働くことで病原体から体を守る免疫応答が進行する。右下の図はCOVID-19患者の免疫応答および診断に用いられるウイルス量(PCR法で検出)の推定される時間変化を示している。以下の問いに答えなさい。
(1) 自然免疫応答に関与する細胞には、病原体に共通する分子構造のパターンを認識する受容体が存在する。代表的な受容体を答えなさい。
(2) 図にはパターン認識受容体の認識により、合成および分泌されたインターロイキンの経時変化が示されている。免疫応答に関与し、情報伝達物質として作用するこのようなタンパク質の総称を何というか答えなさい。
(3) 自然免疫が働いてもウイルスを処理しきれなかったとくに獲得免疫システムが動き出し、発症から一週間程度で抗体が産生し始める。このシステムを説明したヒトの文章のうち、空欄あ~きにもっともよくあてはまる語句を以下の選択肢(a)~(c)の中からそれぞれ1つずつ選び、記号で答えなさい。
樹状細胞がウイルスの一部をMHC分子を使って抗原として細胞外に提示し、T細胞を活性化させるとともに、情報伝達物質を分泌する。T細胞の1つであるは、活性化して増殖し、ウイルス感染細胞を攻撃して排除する。この働きをという。もう1つのT細胞のは、ウイルスを取り込んだと抗原提示を介して認識し、の増殖後、分化してとなり、抗体を産生する。抗体は抗原を特異的に結合し(抗原抗体反応)、マクロファージや好中球などの食作用による排除に貢献する。
 増殖したT細胞やB細胞の一部はとして残り、再び同じ病原体が体内に侵入した場合、このが速やかに、かつ強い排除を行うことが可能になる。この現象をという。
(a) B細胞(b)NK細胞 (c)キラーT細胞 (d)ヘルパーT細胞
(e)幹細胞 (f)形質細胞(抗体産生細胞) (g)標的細胞
(h)記憶細胞 (i)自己免疫 (j)体液性免疫
(k)細胞性免疫 (ℓ)抗体性免疫 (m)フィードバック調節
(n)免疫寛容 (o)免疫記憶
(4)SARS-CoV-2の受容体であるACE2は、血圧調節に関与する生理活性ペプチドであるアンジオテンシンのC末端の1アミノ酸を切断する。このACE2のような触媒反応を起こす酵素を以下の選択肢(a)~(f)の中から1つ選び、記号で答えなさい。
[選択肢]
(a) 酸化還元酵素 (b)転移酵素 (c)加水分解酵素
(d)脱離酵素 (e)異性化酵素 (f)合成酵素
(4) アンジオテンシンは副腎皮質にはたらいてアルドステロンを分泌する。このように内分泌腺でつくられて血液循環で全身に運ばれ、特定の器官のはたらきを調節する物質を何というか答えなさい。

問3 一般的な風邪(普通感冒)であっても、ウイルス感染および免疫応答に関連した味覚および嗅覚障害が生じることがある。しかしCOVID―19の患者では、鼻炎などの症状がなくても重度のこれらの障害があることが報告されている。嗅覚および味覚について記述した次の説明文に関し、以下の問いに答えなさい。

 動物は外部環境の情報を刺激として感知・受容し、適切な応答を行う。様々な刺激のうち、を主に感知する感覚として、嗅覚および味覚がある。呼吸で取り込んだ空気中のは、鼻腔内の嗅上皮にある嗅細胞のに存在する受容体が受け取り、嗅神経を介してにおいとして脳へ伝わる。ここで嗅細胞ごとに受け取るが異なることで、我々はにおいの違いを区別することができる。
一方で口の中に入ったは、舌ので苦味・甘味・塩味・酸味・旨味の5つの種類に分けることができる。ここでに加え、支持細胞や基底細胞とともに形成されていると呼ばれる構造がある。このは舌に5千から一万個あるとされており、受容体電位がシナプスを介しての興奮を引き起こす。
(1) 上記文章の空欄あ、い、う、おにもっともよくあてはまる語句を以下の選択肢(a)~(k)の中からそれぞれ1つずつ選び、記号で答えなさい。
[選択肢]
(a) 味繊毛 (b)嗅繊毛 (c)味点 (d)嗅点 (e)基底膜 (f)おおい膜
(g)有毛細胞(h)味細胞 (i)化学物質 (j)フェロモン (k)味神経
(2)空欄に入る適切な語句を書きなさい。
(3)外界からの刺激に対して効率よく反応して行動するため、受容器で受け取った多くの情報を統合し、効果器に伝えるために処理するところを何というか答えなさい。
問4 指定感染症の分類で二類相当とされた感染症のPCR検査で陽性の結果が出ると、無自覚や軽症であっても入院や隔離などの措置を行うよう勧告される。しかし、検査の精度は100%ではなく、一定の割合で偽陽性(健常者であっても陽性と検出されること)の結果が出ることから、やみくもにPCR検査を行うべきではないとされる。検査にかかる労力や費用の負担に加え、偽陽性の健常者が入院等を行うことでベット数が圧迫され、医療崩壊する危険性が高まる。そのためPCR検査は、感染疑いのある集団(感染者の割合が高い集団)に制限するほうが望ましい。
 以上の見解は、次の計算で明らかにすることができる。感染者と健常者は、PCR検査の結果から4つのパターンに分けられ、表のように整理するとする。
 ここで「感度」はPCR検査で陽性の結果となる感染者の割合を示すが、一般に50~80%程度であり、偽陰性(感染者であるのに陰性と検出されること)の割合を無視できない。「特異度」は陰性の結果となる健常者(非感染者)の割合を示すが、PCR法では99%以上である。感度を70%、特異度を99%と仮定して以下の計算を行い、四捨五入して整数で人数を答えなさい。
(1) 感染者を0.2%含む集団10万人から検体(鼻咽頭ぬぐい液など)を採取してPCR検査を行った。陽性の結果であった人のうち、感染者(あ)および健常者(い)はそれぞれ何名と計算できるか、整数で答えなさい。
(2) 陰性の結果が出た人の全員から再度、検体を採取して二回目のPCRを行うと、一回目と合計するとほとんどの感染者を陽性として検出できることが期待できる。しかし感染率が低い集団で検査をしても偽陽性となる健常者の人数はあまり減ることがない。二回目のPCRで偽陽性となる健常者の人数を整数で答えなさい。
(3) 2020年2月上旬、横浜沖に停泊したダイヤモンドプリンセス号の乗員乗客の一部の900名の検体を採取してPCR検査を行ったところ、陽性の結果が出た人の割合は16%であった。この陽性者のうち、さらなるゲノム解析や抗体検査によって、真の感染者と診断された人数は137名であったとすると、最初のPCRで陽性の結果が出た感染者(う)、陽性の結果が出た健常者(い)はそれぞれ何名と計算できるか。整数で答えなさい。
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