縄文海進から考える船橋市の地理、防災、地球温暖化の影響

2021年12月25日 船橋市議・予備校講師 朝倉幹晴

2021年11月26日に船橋市議会で以下の質疑をしました。その動画記録です。ぜひご覧ください。なお、動画には地形・海岸線の変化の歴史の地図などが埋め込んであります。
また海老川水系の防災に関する問題提起にも同時になっています。

●船橋市議会質疑動画(9分)「縄文海進から考える船橋市の地理、防災、地球温暖化の影響」

★「縄文海進」とは、縄文時代に、現在に比べて2℃ほど暖かく海面が2mメートル高くなり、 日本列島の各地で海水が陸地奥深くへ浸入した現象を示す。

 

●参考 11月26日の朝倉質疑の文字原稿(元原稿なので実際の発言とは少し異なります)と議場配布資料(答弁については動画でご確認ください)

12月5日まで、飛ノ台史跡公園博物館「船橋のいちばん暑かった時―縄文時代前期の地球温暖化―」が開催されています。私も11月19日(金)に拝見しました。ここに船橋の地形を考える各時期の重要な地図が展示されていました。
間氷期であった13万年前の温暖化の時期には三浦三島と房総先端以外の関東平野ほぼ全体が「古東京湾」という海の下にありました。

当時フィリピン海プレートが日本の島弧を乗せているユーラシアプレートに潜りこみました。その時フィリピン海プレートの上の堆積物が付加体として盛り上がり、前弧海嶺(前弧リッジ)を形づくり、今の三浦半島・房総先端の丘陵地になりました。その後、前弧海嶺と島弧の間に堆積物で平らな全弧海盆が形成され、海水面が科講師、今の関東平野になったわけです。関東平野形成の歴史の一端がこれらの地図からわかります。


そして、現在の船橋の地形や防災を考える上で重要なのは、今から平均1・2℃気温が高く、北極・南極などの氷が解けた影響による海面の上昇で、縄文時代に、今の内陸部まで海が進んだ「縄文海進」です。10000年前に今の長津川と海老川の原型となった古長津川谷と古海老川谷がありました。そして、7000年前の船橋駅付近以南は海底であり、行田、夏見、宮本の今の高台近くに海水面が来ていました。神奈川県立生命の星・地球博物館でも「+2℃の世界」ということで同様な展示と神奈川の縄文海進の地図をネット公開を行っています。
これらは、現在の地名や地形の起源を考え、船橋に愛着を持つきっかけになるとともに高低差を知ることで水害などの防災に対する意識、また太平洋上の島々に比べるとすぐには現実的な脅威ではないとはいえ、地球温暖化が過度に進んだ場合の海水面の位置として重要な認識と思います。
これは12月5日で終わらせるのでなく、今後も継続的に、飛ノ台以外も含めて実施すべきです。今回の開催にいたった経緯と、今後のこの展示の活用についてどうお考えでしょうか?

→ご答弁

海老川水系流域治水プロジェクトと海老川上流地区まちづくり計画(メディカルタウン構想)との関係について
11月5日に千葉県は海老川水系、都川水系、南白亀川水系、作田川水系の4つの水系の流域治水プロジェクトを発表しました。この地図における「浸水想定地区」は、奇しくも
10000万前の古海老川谷・古海老川谷と重なり、太古から形づくられてきた地形が、今の災害想定にも連動していることを伺わされます。
さて、この「浸水想定」地区に、海老川上流地区まちづくり(メディカルタウン構想)の場所がすっぽりと入っていることをどう市が捉えているのでしょうか?またこの治水プロジェクトは船橋市も加わって作成したのですが、海老川上流地区まちづくり(メディカルタウン構想)のことがふれられていないが不自然と感じますがどうでしょうか?

 

⇒ご答弁

仮に、海老川上流地区まちづくり(メディカルタウン構想)が計画通り進められてしまった場合、この地区がコンクリート舗装化され、水の浸透性が低下することが、それより下流の海老川流域、市場・本町・宮本・湊町の水害危険性に与える影響についてどうお考えでしょうか?

→ご答弁

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