2023年大学入試共通テスト「生物」第5問「発生」、問題、解答、解説(計19点)

解説
問1

まず、ショウジョウバエの卵巣内の卵母細胞をとりまく構造を知っておこう。卵母細胞の近くにある細胞には、ろ胞細胞の他に「哺育細胞」がある。ろ胞細胞も哺育細胞も染色体数2nの体細胞であり、雌の体の遺伝子発現と同じである。哺育細胞どうし、そして哺育細胞と卵母細胞はチャンネルという孔で細胞膜の仕切りがなしに細胞質がつながっており物質輸送が容易である。哺育細胞は雌の体の体細胞の遺伝子発現により、母性因子(母性遺伝子、実態はmRNA)を合成し、それをチャンネルの連絡を経て、卵母細胞に送り込む。卵母細胞はその後減数分裂し、染色体数nの卵細胞となるが、先に送りこまれた母性遺伝子は、雌の2nの遺伝子発現によって作られたものであることに注意してほしい。

 

ヘテロどうしの交配では以下のようになる。

 

Aaの雌が作る卵細胞の遺伝子は減数分裂でAやaとなる。aとなった場合も含め、哺育細胞Aaで作られた母性因子Mは既に卵の細胞質に送り込まれている。精子は遺伝子を送り込むだけで細胞質には関係ないため、受精卵にも確実にMが存在し、100%成虫になる。アは

(この時、受精卵の核の遺伝子型はメンデル法則の通り、AA:Aa:aa=1:2:1となっているが、核がaaの場合でもMを持つことは同じなので成虫になる。)

次にその成長した雌と野生型の雄の交配は以下のようになる。

成長した雌の遺伝子型はAA:Aa:aa=1:2:1となる。哺育細胞もそうであるため、遺伝子型aaの哺育細胞ではMが合成できず、受精後も発生できない。よって成虫まで発生するのは3/4で75%である。よってイは

問2

未受精卵での母性遺伝子(mRNA)の分布の濃度勾配が、受精後の胚発生でのタンパク質の濃度勾配につながり、それがショウジョウバエの頭尾軸(前後軸)形成につながる流れを知っておこう。
初歩の問題では、
「前極にビコイド(bicoid)mRNA多い→ビコイドタンパク質の前極側に多く合成→頭部・胸部形成」
「後極にナノス(nanos)mRNA多い→ナノスタンパク質も後極側に多く合成→腹部形成」
という認識、あるいはナノスすらなくビコイドのみで問う問題も出るが、近年は「ハンチバック(hunchback)」「コーダル(caudal)」も含めた出題も増えているので、それも理解しておこう。
まずbicoid、nanos、hunchback、caudalの4種のmRNAはいずれも哺育細胞で作られ、卵母細胞(未受精卵)に送り込まれる。ただ、送りこまれる位置は物質によって異なり、異なった分布となる。bicoidは前極、nanosは後極に偏って分布するにに対し、hunchbackとcaudalは前極から後極まで均一に分布する。


受精後は、前極に多いbicoidのmRNAが翻訳され、bicoidタンパク質が合成されるが、少し拡散するため、mRNAよりは後極側まで分布するようになる。
また、同様に、後極に多いnanosのmRNAも翻訳され、nanosタンパク質が合成されるが、少し拡散するため、mRNAよりは前側まで分布するようになる。

 

bicoidタンパク質とnanosタンパク質は、卵内に均一に分布するhunchbackとcaudalのmRNAのタンパク質への翻訳を制御する。
bicoidタンパク質はhunchbackタンパク質の翻訳を促進し、caudalタンパク質の翻訳は抑制する。
nanosタンパク質はcaudalタンパク質の翻訳を促進し、hunchbackタンパク質の翻訳を抑制する。
この結果、前極側にhunchbackタンパク質が多くなり、頭部・胸部が形成され、
後極側にcaudalタンパク質が多くなり腹部が形成され、頭尾軸(前後軸)ができる。

(a)タンパク質の濃度の違いによって、細胞に異なる応答を引き起こす。
(b)タンパク質が胚の全域に均一に分布した後、濃度勾配が生じる。
×(タンパク質は常に均一でなく濃度勾配がある。hunchbackとcaudalのmRNAの均一に分布するが、タンパク質へ翻訳される時は濃度勾配が生じている)

 

(c)胚において、核分裂だけを起こしている時期に、タンパク質の濃度勾配が生じる。
(bicoid、nanosのmRNAの濃度勾配よりも、タンパク質の濃度勾配のほうが広がっているので、タンパク質は拡散している。拡散できるのは細胞質の仕切りができていない核分裂だけを起こしている時期だからである。)

よって、aとcが○。

(本当は正解ではないが、cが○と考えるのは難しいと大学入試センターが判断し,aのみのも正解とされた。)

問3

実験1 Xが発現しないと腹部が形成されない→Xが腹部形成に必要。
実験2 X、Y両方が発現しないと、腹部が形成された。
→Xが腹部形成に直接(最終的に)必要ならば実験1より腹部が形成されないはずである。(矛盾)
→(Xではなく)Yが腹部形成に直接(最終的に)関与すると考えられる。
→「Yが発現しないと腹部が形成された」ので「Yは腹部形成を阻害する」とわかる。

実験3 YのmRNAは均一だが、Yタンパク質は分布の偏りがあり腹部形成域にはない。→Yタンパク質は腹部形成を阻害する。
このことは最後の文「この領域でタンパク質Yを強制的に合成させたのち卵を発生させたところ、腹部が形成されなかった。」からも確認できる。

X発現→Yタンパク質合成阻害→腹部形成
X発現せず→Yタンパク質合成→腹部形成されず

 

とわかる。

(d)正常な胚において、タンパク質Xは、腹部形成に必要なタンパク質Yの合成を促進するので、腹部が形成される。×

(e)正常な胚において、タンパク質Xは、タンパク質Yと結合するので、腹部が形成される。×

(f)正常な胚において、タンパク質Xは、腹部形成を阻害するタンパク質Yの合成を抑制するので、腹部が形成される。
(g)タンパク質Xの働きを失わせても、腹部が生成されることがある。(Yタンパク質合成を強制的に阻害すれば腹部形成できる)
(h)ンパク質Xの働きを失わせると腹部が形成されることはない×

よって考察の組合せは(f・g)

YのmRNAは卵内に均一分布するにも関わらず、Yタンパク質が腹部形成域に分布しないのだから、タンパク質XがYmRNAのYタンパク質への翻訳を阻害したと考えられる。選択肢の中でYmRNAが出てくるのは,

のみである。結合して阻害することはありうるので、

前問で説明した知識と対応させると、


Yタンパク質は腹部に分布しない(頭部・胸部を形成する)hunchbackタンパク質であり、それを阻害する母性遺伝子Xはnanosであると推定できる。

問4

実験4 の雌から産みだされた卵を発生させ、胚の後軸に形成された始原生殖細胞を、の雌から産みだされた卵を発生させた胚の後端に移植したところ、移植した始原生殖細胞は配偶子に分化した。他方、の雌から産みだされた卵を発生させ、胚の後端に形成された始原生殖細胞を、の雌から産みだされた卵を発生させた胚の後端に移植したところ、移植した始原生殖細胞は配偶子に分化しなかった。

各文の後半を含む部分を読むとエ(カ)の雌から産みだされた卵」とあるので、エ(カ)はふ化し、雌として成長でき卵を産みだすことができるとわかる。

全問の問3の実験1で「卵形成に先立って、タンパク質をつくる母性遺伝子Xの働きを失わせた雌から産みだされた卵を発生させたところ、腹部は形成されず、孵化しなかった。」とあるので、ふ化・成長にはXが不可欠であり、ふ化・成長できた、エ・カは野生型とわかる。
すると移植する始原生殖細胞の差により、配偶子に分化できるか否かが決まっているので、分化できるウが野生型、分化できないオが変異型とわかる。

実験4 ウ(野生型)の雌から産みだされた卵を発生させ、胚の後軸に形成された始原生殖細胞を、エ(野生型)の雌から産みだされた卵を発生させた胚の後端に移植したところ、移植した始原生殖細胞は配偶子に分化した。他方、オ(変異体)の雌から産みだされた卵を発生させ、胚の後端に形成された始原生殖細胞を、カ(野生型)の雌から産みだされた卵を発生させた胚の後端に移植したところ、移植した始原生殖細胞は配偶子に分化しなかった。

よって