2019年大学入試センター試験「生物」第6問(遺伝子)問題・解答・解説(配点10点・選択)

第6問解答(計10点) 1(3点)(3点)(4点)

解説

1(問1)

まず、遺伝子分野の主役である核酸(nucleic acid)についてまとめよう。核に存在する酸性の物質なのでそう命名された。酸性の性質を生み出しているのは鎖に規則的に存在するリン酸がH+を放出して電離している(マイナス電荷を帯びている)からである。
核酸にはDNAとRNAの2種があるが、その構造の違いを以下の図にまとめた。

共通点は、青線で囲んだように「リン酸・糖・塩基」が結合してできているヌクレオチドを基礎単位とした鎖であることである。

一方、違いをまとめると以下のようになる

1、DNAは二本鎖(二重らせん)・RNAは一本鎖。
(注、ウイルスでは一本鎖DNA・二本鎖DNAという例外現象がある)
2、DNAの糖はデオキシリオボース(deoxyribose)、RNAの糖はリボース(ribose)で名前の由来となった。
(糖の基本は原子数はC:H:O=1:2:1である。たとえばグルコース(ブドウ糖)はC6H12O6である。炭素原子が5つの糖(五糖という)の基本形はリボースC5H10O5、その基本形から酸素原子を1つ取った(de、oxy)のがデオキシリボース(C5H10O4)と考えればよい)
3、塩基の種類は、DNAはATGC、RNAはAUGC。

【水素結合の相手】
特定の塩基どうしは以下のように鍵と鍵穴のように水素結合(電気的な引き合いによる結合)をする。水素結合は共有結合より分離しやすく、これがDNA二重らせんをほどいて複製したり、RNAに転写する基礎となる。

そしてDNAが複製するときも、RNAに転写するときも、RNAどうしが結合するときも必ずもとの鎖の塩基と対面する塩基が決まっているこれを塩基の相補性という。

次にDNAの複製方法に3説とそれを確かめたメセルソン・スタールの実験を確認しておこう。DNA(二重らせん)の複製方式には「保存的複製」「反保尊的複製」「分散的複製」の3つの説があった。下図で、もとのDNAを青、複製時に使う新たなDNA素材を黒とすると、図のようになる。

「保存的複製」は二重らせんをほどかず(原本はそのままにして)、二重らせんごとコピーする形で、新しい素材で複製する方法である。
「半保存的複製」は二重らせんをほどき、-本鎖をそれぞれ鋳型にして、各鎖に相補的な塩基をもつ反対側の鎖を新しい素材で複製する方法で、これが塩基の相補性が活用できる方法である。
「分散的複製」は原本の鎖をばらばらにして、新しい素材とランダムに混ぜ合わせていく複製方法である。
メセルソン・スタールは元の素材(図で青)に15Nという重い窒素を含むDNA(塩基部分にNは含まれる)で全部置き換えた大腸菌DNAを最初に使い、培地には、14Nという軽い窒素を与えて1回、2回分裂させ、それぞれのDNAを塩化セシウム密度勾配遠心法という、DNAを重さにより分離し、試験管の中の帯の位置で分析できる方法で分析した。図中の試験管の帯の位置が、それぞれの説が正しかった場合に予測される位置である。実際の実験結果は半保存的複製で予測される帯の位置となり、半保存的複製が正しいと分かった。この実験で使った15Nは「重い」という特徴はあるが放射性ではない。

次に同じ分野で、DNA複製の際、放射性チミジンを含む培地で細胞を培養する実験が問われることが多い。放射性チミジンは塩基のチミンの部分に放射性を含むため、あとでそれを取り込んだDNAに放射性が検出でき追跡調査ができる。
取り込ませる前のDNAは自然界の非放射性のDNAであるが、放射性チミジンを含む培地で細胞を培養するとDNA複製の時に新たに合成する鎖が放射性となる。そして放射性チミジンの取り込ませは、1回目の細胞分裂前(DNA合成期)のみにし、2回目の細胞分裂前(2回目のDNA合成期)は普通の非放射性
の培地に戻す。以下の図のようになる。

 

この図では簡略化のため核内に1つのDNAしか描いていないが、実際には染色体本数だけDNAがある。この流れの問題で聞かれることが多いのは「染色体数が12本の細胞(染色分体は24本)では、1回目の分裂・2回目の分裂期に何本の染色分体から放射性が検出されるか?」というような問題である。
注意してほしいのは、二重らせんの片側にのみ放射性を含む場合 でも、らせん全体は何重にも折りたたまれて染色分体の中に収納されるので染色分体としては放射性があると検出されることである。したがって1回目の分裂期では全て(24本)、2回目の分裂期では半分(12本)の染色分体に放射性が検出される」が答えとなる。
本設問では、「ある物質で標識したヌクレオチド(標識ヌクレオチド)」とあり放射性チミジンとは特定していないが、実験手法の類似性から、そう考えて解いてよいだろう。ただし原核生物である大腸菌のDNAは染色体状ではなく「環状DNA」であり、そのことに注目して図示すると以下のようになる。

1回分裂後のそれぞれの大腸菌のDNAは二重らせんの片側のみに放射性を含むが、大腸菌DNAとしては、全て(100%)の大腸菌が放射性を含むことになる。(この場合も、理論的には2回目の分裂前に通常の非放射性培地に戻せば、上記の真核細胞と同様に半分に大腸菌にみに放射性があるという形になるはずだが、大腸菌の分裂サイクルは30分に1回であり、1日1回程度の分裂である真核細胞の培養の時ほど培地の切り替えは簡単にはできないので、実際には実験困難である。したがって大腸菌の場合、1回分裂後にことのみが聞かれると考えてよい。)
次にDNAの複製の鎖の名称を確認するために、DNAの鎖の向きについて正確に知っておく必要がある。

下図のように五角形の形をしたデオキシリボースの分子内の炭素原子には酸素原子(O)を上に置いて考えた場合、時計回りの順に「1´」「2´」「3´」「4´」「5´」の番号がついている。「1´」炭素は塩基と結合し、「3´」炭素は下側のヌクレオチドのリン酸と結合し、「5´」炭素は同じヌクレオチド内(上側)のリン酸と結合する。するとリン酸ー糖ーリン酸ー糖の繰り返しとなっている各鎖の外側には5´と3´の向きがあることがわかる。そして「5´→3´」の向きをDNAでもRNAでも鎖の正式な向きとする。これは日本語でも英語でも、横書きの一般の文章は「左→右」の向きに読むという約束があるのと同様、遺伝子(分子生物学)における文法だと考えてよい。
5´→3´方向に関して2つの重要な性質がある。
1、(DNAどうし、DNAとRNA、RNAどうしなど)鎖が対面する時、両方の鎖は5´→3´方向が逆向きになる。(antiparallel・逆平行)という。
2、DNAでもRNAでも鎖の伸長(合成)は5´→3´の方向に起きる。

右側の鎖を鋳型にして、左側のDNA鎖が伸長する場合の図で上記1.2を確認してほしい。

 

さて、それを踏まえて、真核生物のDNA複製を考えてみよう。DNA(染色体)は非常に長いため、DNAを左端からほどきはじめ、右端までほどききって複製すると考えると時間もかかすぎるし、途中で絡みつくことも危惧されることはわかるだろう。
では実際にはどのように複製しているかというと、レプリコンという複製の基礎単位を複数作り、それぞれの中でDNAを複製し、最後につなぎあわせる方法をとっている。そして原本のDNAに各鎖に「5´→3´」の方向があり、対面する鎖の向きは逆であることを意識して考えよう。そしてこの手の問題を考える場合、DNA内(RNA内)に向きを示す→を図の中に多く描き、向き(反対の鎖の逆平行)を常に意識するとよい。

レプリコンの構造を拡大した図において、いくつかの酵素の働きを確認しておこう。
・DNA helicase(青)は二重らせん(double helix)をドリルのようにほどいていく。
・DNA polymerase(緑)は鋳型DNA(黒)に対して、相補的な塩基を持つDNA(赤)を合成する。
・DNA ligaseはDNAの断片どうしをつなぎ合わせる。

さて,DNA heliceseはドリルのように二重らせんをほどいて進むので、DNA合成をするDNA polymerseがその後ろに従う形で進むと合成がスムーズに進む。
図でleading鎖と書いてある側はDNA helicaseにDNA polymeraseが随行すると、鋳型(原本)DNAと新しく合成される鎖が逆平行になりスムーズに合成できることがわかる。よって1の答は(3点)
一方、ragging鎖(岡﨑断片)と書いた側では、DNA helicaseの後ろに従ってDNA鎖を合成しようとすると、鋳型(原本)DNAと鎖の向きが同じとなってしまうので合成できない。そこで、逆向きに進み、短い鎖を合成してはずれることを繰り返し、最後にそれをDNA ligaseでつなぎあわせる。この断片を発見したのが日本人の研究者岡﨑令治さんだったので岡﨑断片とも呼ばれる。


2(問2)

細胞における情報伝達と遺伝子発現の流れを確認しておこう。

図を上から順にみて確認してほしい。
他の細胞からの体液(血液など)を通じて細胞表面に到達した刺激物質をリガンドと総称する。ホルモンなどがその一例である。それが細胞膜表面の
受容体に受け止められと、細胞室内(核外)にシグナル伝達という連続反応が起き、その情報を受け継いだ調節タンパク質が核内に移行し、遺伝子上流の転写調節領域に結合する。すると核内にもともと存在していた基本転写因子との協調により、その近傍にDNAからmRNAの転写を始める「RNA polymerase」が結合する。基本転写因子やRNA polymeraseが結合するDNA部分をpromotorという。
RNA polymeraseはDNA二重らせんをほどき、片側(鋳型鎖)の3´→5´方向(図では青い→方向)に進みながら、それと相補的な塩基配列を持つmRNA前駆体を5´→3´方向に合成していく。この過程を転写という。この時、DNAの反対側の鎖(非鋳型鎖)はだたほどかれるだけであり、こちらの鎖ではmRNA前駆体合成は行っていない。
転写されたmRNA前駆体に不要な部分(intron)を除去し、必要な部分(exon)だけをつなぎ合わせるsplicingが行われ、短いmRNAとなる。
(なおこのDNA・mRNAには鎖に全て塩基配列があるが、図Dでは簡略のため、6塩基のみを示した。)
mRNAは細胞質に移動し、リボソームがその塩基配列情報を読み取り、3塩基ごとにそれに相補的な塩基を持つtRNAを引き寄せる。tRNAは特定のアミノ酸を運び、そのアミノ酸どうしがペプチド結合しタンパク質が合成される。これを翻訳という。なおmRNAの5´→3´方向の順に合成されるアミノ酸配列では
N末端(アミノ基末端)→C末端(カルボキシ基末端)となり、これがタンパク質合成の順番の向きになる。

 

では、次に塩基配列の流れを確認しておこう。→の向きを、場合によっては上の図と照らし合わせながら確認してほしい。
これから述べるようにmRNAの塩基配列がアミノ酸配列を決める時に重要となってくる。そのmRNAの配列に相補的(裏返し)であるのが鋳型鎖DNAである。そしてDNA内で二重らせんであった関係で、非鋳型鎖DNAと鋳型鎖DNAも相補的(裏返し)である。
したがってDNA非鋳型鎖とmRNAは「裏返しの裏返し」で同じ配列(DNAのTをmRNAではUに置き換えるだけ)で向きも同じとなる。そこで分子生物学者たちは、この非鋳型鎖の便利さに注目し、非鋳型鎖のほうに遺伝子があるとみなすことにした。本当の転写過程ではRNA polymeraseが結合せず、ただほどかれて存在しているだけの鎖の側を遺伝子とするのは最初は少し違和感があるかもしれないが、実用的には「向きも同じ、暗号も同じ」となり便利であるので慣れてほしい。そして表記も「非鋳型鎖」ではなく、mRNAと同じ(意味のある)暗号を持つという意味でセンス鎖と呼ぶ。(一方鋳型鎖のほうが、向きも暗号は裏返しの配列となっているのでこのままでは読めないのでアンチセンス鎖という)

 

この図であわせておさえてほしい点は以下の点である。
1、splicingして除去されるイントロン部分には、GUで始まり、AGで終わる性質がある。(GU-AG則)
2、mRNAの3塩基(コドンという)が1つのアミノ酸を指定する。
3、mRNAの3塩基(コドン)に相補的な3塩基(アンチコドン)を持つtRNAが特定のアミノ酸を運んでくる。
4、mRNAのAUGから翻訳が始まり(開始コドン)それはメチオニンを指定する。
5、mRNAのUAA、UAG、UGAで翻訳が終了する。これを終止コドンという。ここにはアミノ酸ではなく終結因子が結合するので、アミノ酸配列は終止コドンの1つ前のコドンが最後のアミノ酸(C末端)となる。
6、転写されたmRNAのうち開始コドンより前、終止コドンより後ろは翻訳されないため、それぞれ5´ー非翻訳領域、3´非翻訳領域と呼ばれる。

次にmRNAのコドンの暗号は4種の塩基の繰り返しもゆるされる3つ並びなので、4×4×4=64暗号がある。これで20種のアミノ酸を指定するので、暗号の重なりも多い。特に3文字目の塩基が異なっても同じアミノ酸を指定することが多い。(もちろん、異なるアミノ酸を示す場合もある)。
mRNAとアミノ酸の対応を示した遺伝暗号表が以下であるが、全ては覚えてなくてもよくて設問に付記される。上記赤字の3点だけは知識として知っておく必要がある。


開始コドン・終止コドンに相当するセンス鎖のDNAではUがTに変わるため暗号は以下のように考えればよい。

最初の図では、常に上側のDNA鎖がセンス鎖(遺伝子・非鋳型鎖)で下側の鎖が鋳型鎖(アンチセンス鎖)という雰囲気で説明したし、その解釈のほうが、日本語の文章の流れの向きに合っているのでそう説明している図も多い。しかし実際には、2重らせんの2つの鎖のどちら側にも遺伝子は存在する。

上図で遺伝子A・タンパク質Aは上から順に、普通に読む文書と同じで左→右に暗号を読めばよいのでわかりやすい。
見落としてならないは遺伝子B・タンパク質Bの遺伝子の存在である。2つの鎖をDNA二重らせん構造解明のワトソン・クリックの名前をとってワトソン鎖・クリック鎖をということがある。(実際にはDNA構造解明にはロザリンド・フランクリンの功績が欠かせないが残念ながら名前には使われていない)
クリック鎖のほうが向きが右から左なので、その順に読むと「GTA」は開始暗号で、「AAT」は終止暗号である。
実際に遺伝子は以下のように両方の鎖ともに存在する。

 

 

遺伝子1・3・4・7のように遺伝子の反対側の鎖は遺伝子でない場合が多いが、遺伝子5と6、8と9のように一部が重なっている部分があることもある。それは裏返しの暗号がそれぞれが指定する部分のタンパク質のアミノ酸配列を正しく示しているということである。

鎖のどちらにも遺伝子が存在しうることを前提に、それを聞いた大学入試問題の一例で更に理解を進めよう。

 

本設問も上記例題と同じ発想である。a鎖のほうには左→右に呼んでも開始暗号「ATG」、終止暗号「TAA、TAG、TGA」が出てこない。一方b鎖のほうを矢印の向き通り右→左に呼んでいくと開始暗号「ATG(右から読んだ順)」以降3つずつ読み枠を区切っていくと、読み枠で終止暗号「TAG (右から読んだ順)」も出てくる。よってb鎖が遺伝子(非鋳型鎖)。よって設問が求めている鋳型鎖はa鎖。そして、終止暗号が指定するのはアミノ酸ではなく終結因子であることに注意して、アミノ酸は6つであるとわかる。よって2の答は(3点)。

 

3(問3)

2の細胞の図で説明した通り、真核生物でRNA polymeraseが結合するDNA部分はpromotorである。(operatorは原核生物で、RNA polymeraseが結合することを抑制する物質が結合する場所。エキソンは真核生物のsplicingで除去されない部分を示す)子孫に遺伝するのは生殖細胞に変異が起きた時である。よって答は(4点)