大学入試共通テスト「生物」第2回試行調査第1問(配点12点、筋肉運動のしくみ)問題・解答・解説

【解説】

まず、筋肉(骨格筋)の構造と働きの基礎を確認しよう。

骨格筋は、筋繊維とよばれる細胞が束になったもので、両端が腱で骨とつながっている。

筋繊維(筋細胞)内には筋原繊維という繊維が複数存在し、それは筋小胞体(図の青)で取り囲まれて

おり、また細胞質にはミトコンドリアも存在する。筋細胞膜表面には内部につながるT管という管の開口部

がある。

神経細胞の軸索末端から出されたアセチルコリンは筋細胞膜表面のアセチルコリン受容体に結合し、Na+の

流入をきっかけに筋細胞膜に活動電流が発生し、T管開口部から内部につながっているT管へ刺激が伝わっていく。

T管に伝わった活動電流は、筋小胞体からのCa2+放出を促すことにつながる。

筋小胞体からCa2+が放出されると筋原繊維の重なりが変化する。筋原繊維はミオシンフィラメントとアクチンフィラメントが

一部重なりあって存在している。Ca2+の刺激により、ミオシンフィラメントがアクチンフィラメントをたぐりよせるようにさらに両者の重なりが多くなり、骨格筋は収縮する。

 

ミオシンフィラメントは太く顕微鏡ではその部分は光を通しにくく暗く見えるので「暗帯」と呼ばれる。アクチンフィラメントは細いので、

アクチンフィラメントのみの部分は光を通しやすく「明帯」と呼ばれる。アクチンフィラメントの中央にはZ膜という膜があり、Z膜とZ膜の間を筋節(サルコメア)という。上図のように収縮をしてもミオシンフィラメントそのものの長さである「暗帯」の長さは変わらないが、重なり部分が多くなるため、アクチンフィラメントのみの部分である「明帯」は短くなる。筋節も短くなる。

新たな神経からの刺激、活動電流が来ない場合、Ca2+は筋小胞体に回収され、重なりは元の状態に戻る(弛緩する)。

筋小胞体からのCa2+放出により、ミオシンフィラメントがアクチンフィラメントがたぐりよせ重なりを増やして筋肉を収縮させるしくみを以下の図で更に詳しく見ておこう。

 

ミオシンフィラメントはタンパク質であるミオシン分子の束であり、フィラメントの両端には、ミオシン分子が少しフィラメントの軸から離れた部分に突出した「ミオシン頭部」という部分が位置する。ミオシン頭部はATPを分解しそのエネルギーを使って首をふるようにしてアクチンをたぐり寄せるATPアーゼ(ATP分解酵素)としての活性を持つ。

ミオシン頭部自体は常にそのATPアーゼ活性を持っているが、アクチンフィラメント側がそれに反応できないと収縮は起きない。アクチンフィラメントにはトロポニン・トロポミオシンというたんぱく質が結合している。Ca2+がないとアクチンフィラメントにあるミオシン頭部結合部位が、トロポミオシンによってふさがれている。Ca2+が増え、それがトロポニンに結合すると、アクチンフィラメントの中のミオシン頭部結合部位をふさいでいたトロポミオシンの位置がずれてミオシン頭部と結合できるようになり、アクチンフィラメントがたぐりよせられる。

問1

ア・イは暗帯の部分であり、太い繊維であるミオシンがある部分である。ただ、アに比べてイは若干明るくなっているので繊維の数が少ない。つまりはミオシン(太い繊維)とともにアクチン(細い繊維)もある部分()、はミオシン(太い線)のみの部分()、は明帯なので、アクチン(細い繊維)だけの部分(a)と考えられる。したがって、(4点・正答率47.0%)

問2

上記に解説したように、「ミオシン」そのものの長さである暗帯(エ)の長さは不変だが、収縮により、ミオシンがアクチンをたぐりよせ、アクチンだけの部分が減少することにより明帯(オ)は短くなり、暗帯中央の仕切り板であるZ膜とZ膜の間の筋節(サルコメア)の幅も未実家宇なる。

よって、オ、カが変化するので

(正答率36,3%、(オのみ)(カのみ)は部分正答。部分正答率17.9%)

問3

筋収縮の直接のエネルギーはATPの分解によって供給される。ATPは生体内での「エネルギー通貨」と呼ばれる。下図のように、ATP(アデノシン三リン酸)分子内のリン酸どうしは「高エネルギーリン酸結合」で結合しており、これを解放(切断)すると高いエネルギーが放出される。ATPがリン酸を1つ切断し、ADP(アデノシン二リン酸)となると、このエネルギーが解放され、生物はこのエネルギーを筋収縮など様々な生命活動に利用している。ADPとリン酸にする反応は水を加えて行う加水分解であり、ATPアーゼ(ATP分解酵素)が関与する。
ADPと遊離したリン酸は、エネルギーを与えると、再びATPになる。細胞がグルコースを発酵(解糖)や呼吸で分解する時に解放されるエネルギーにより、このATP合成が行われる。ADPとリン酸がATPに合成される時には水が放出され(脱水縮合)、ATPシンターゼ(ATP合成酵素)が関与する。

本設問のアユムくんが行ったように、瞬発的な運動から持続的な運動にいたるときの、筋収縮のエネルギー供給系の流れを確認しよう。これは本設問のグラフで示されているが、実は「運動・スポーツの理論」として、知識としても持っておいたほうがよい内容である。
走り出す時も水泳のスタートの時も、10秒~数十秒程度、息を止めても激しい動きができる(息を止めたほうがむしろ集中した動きができる)。しかし、息を止めた運動には限界があり、やがては持続的な運動には酸素を取り入れる呼吸が必要なことは実感できるでしょう。その流れを示した代謝の図が以下となります。無酸素の状態は、ATP-CP系とその後の解糖(無酸素系)の2段階です。

この図で、青は無酸素の時主に働く流れ、オレンジは無酸素・有酸素両方で働く流れ、赤は有酸素時に働く流れのイメージを示す。

筋収縮の直接のエネルギーが図右端に書いたように必ずATPです。筋細胞内にあるATPは有限で筋肉運動を数秒持続させる絶対量しかありません。にもかかわらず私たちが、運動を数時間でも持続できるのは、分解されたADPとリン酸(P)をすみやかにATPに再合成しているからです。その再合成させるエネルギーの供給源が時間ごとに3つの形態に変化します。ただ各形態は次の形態が始まってもしばらく持続し、重なって働いている時期もあります。(以下説明の は問題の解答の選択肢ではなく、上図の中の記号の説明に対応しています)

ATP-CP系(~10秒)
筋肉内にはクレアチンリン酸という物質があります。瞬発的な運動開始の最初の10秒は、このクレアチンリン酸がクレアチンとリン酸に分解され、そのリン酸がADPに結合し、ATPが再合成され、そのATPが筋収縮に使われるのです。
クレアチンリン酸+ADP→クレアチン+ATP
これは酸素なしでできるので、特に瞬発的な最初の動きは、息を止めていてもできるわけです。
クレアチンリン酸をCPといい、これがATPと速やかに補填する役目をするので、ATP-CP系といいます。
解糖(無酸素系)(~1分)
クレアチンリン酸の貯蔵量は有限で10秒ATP-CP系を行うと不足してきます。次に筋細胞はグルコースを無酸素で乳酸に分解していく乳酸発酵(解糖)を行い、グルコース1分子分解あたり、2ATPを合成できます。そのATPが筋収縮に使われます。ATP-CP系の瞬発的動き(10秒)以降も、1分程度は、息を激しくしなくても運動が持続できます。

有酸素系(1分~)
解糖(無酸素系)は、グルコース1分子あたりの2ATPしか合成できません。したがって、持続的な運動の際は、グルコース1分子あたり最大38ATPが合成できる効率的な有酸素の呼吸による運動に移行します。したがって、私たちは「ハ―ハー」と息をするようになるわけです。
安静時のクレアチンリン酸の再合成

   で使ってしまったクレアチンリン酸は、安静時に呼吸などで合成されるATPを使って
と逆反応でクレアチンリン酸に合成し、次の瞬発運動に備えます。
クレアチン+ATP→クレアチンリン酸+ADP

設問の図4は時間ごとの の変化の様子を示した図です。

 


以下、最後に問題の選択肢()の検討をします。

 

 

(スタートから10秒後)そろそろ二番目のATP供給法キも動き始めているころだ。キには酸素が必要ないはずだ。→キは無酸素系なので正しい。
(スタートから30秒後)息が苦しくなってきた。キはミトコンドリアで行われているはずだ。
→キは無酸素系なのでミトコンドリアでなく細胞質基質で行う。誤り
(スタートから45秒後)足も重たくなってきた。そろそろ足の筋細胞にはキによって乳酸ができるはずだ。→キ(無酸素系)は筋肉の行う解糖(乳酸発酵)なので正しい。
(スタートから90秒後)そろそろ三番目のATP供給法クが中心となっている頃だ。クは酸化的リン酸化によりATPをつくるはずだ。→ク(有酸素系)は呼吸なのでミトコンドリアにおける酸化的リン酸化でATPを作るので正しい。
(スタートから120秒後)だいぶ走るペースがつかめてきた。クではキよりも同じ量の呼吸基質から多くのATPをつくれるはずだ。→ク(有酸素系)はグルコース1分子あたり最大38ATP合成でき、キ(解糖)のATPより多いので正しい。
(スタートから360秒後)やっとゴール地点だ。クではATPとともに水ができるはずだ。
グルコースが呼吸で分解される時
   C6H12O6+6O2+6H2O→6CO2+12H2O+エネルギー(最大38ATP合成可能+廃熱)
 で水もできるので正しい。

よって誤りは(3点、正答率36.9%)


<問題全体の講評>

共通テストは、試行調査の問題から、
1、素材を身近な文章題にすること
2、実験考察する力を問うこと
の傾向が強いと予測されます。本設問は、「缶詰のツナという素材を使う」「走っている最中の思考を文章で選択肢にする」など「1、素材を身近な文章題にすること」の傾向はありますが、実質は基礎的な知識問題です。教科書に書いてあることをしっかり理解していれば解きやすい問題です。したがって知識問題的な本設問はすみやかに解き、第2問のような考察系の問題に十分に時間をとる時間配分が必要です。

<感想~アユムさんのようになるためにはまだまだ修行が足りない>

私は生物教師なので、いつも日常生活で生物学を意識しながら生きています。自転車をこぐときも、ATPやアクチン・ミオシンの滑り合いを意識します。
本設問のアユムさんは、1500m走というスタートダッシュ後の10・30・45・90・120・360秒の最中に、きちんと秒単位で、選択肢のように代謝系について考えながら走っています。私が走るときは、どうしても最初の2分ぐらいは走ることに専念してしまい、2分後以降に走り続ける中で、ようやく、「スタート時にはATP-CP系と無酸素系を最初の10秒・1分では使ったな」と事後に振りかえることしかできません。瞬発的運動をしている数秒のまっ最中に、瞬時に代謝系を考えることができるアユムさんは、将来きっとすばらしい生物学者になると期待しています。アユムくんに比べて、私はまだまだ修行が足りませんね(笑)。