2021年共通テスト(第2日程)生物第1問B「電気泳動法・植物の交雑」(配点12点)問題・解答・解説
【解説】
問5
DNAとRNAの構造の基本をまず確認しておこう。
表で比較すると以下のようになる。
核酸とは核の中にも存在することが多い(細胞質も存在するが・・・)酸を示し、酸の一種である。
中学以来、学んできた酸の水溶液中での電離を考えてみよう。
硫酸 H2SO4→2H++SO42-(硫酸イオン)
塩酸 HCl→H++Cl-(塩化物イオン・塩素イオン)
酢酸 CH3COOH→H++CH3COO-(酢酸イオン)
いずれもH+(水素イオン)を放出し、残り(本体)は陰イオン(-イオン)となり、マイナス(-)に帯電する。
するとDNAなど核酸も水溶液中でH+を放出し、本体はマイナス(-)に帯電すると考えられる。実際のDNAの水溶液中での-帯電の様子は以下のようになる。
リン酸のーOH(ヒドロキシ基)のうち、上下はデオキシリボースとの共有結合を構成する(phosphateリン酸塩が上下2か所di、エステル結合するので、ホスホジエステル結合(phosphodiester bond)という)。しかし残ったもう1つのーOHがH+を放出し、O-となり-に規則的に帯電し、DNAの両外側に規則的に配置することになる。
このように水溶液中でDNAは負(アの答)に帯電する。
なお、真核生物のDNAをまきつけて染色体構造を作ることに関与するヒストンというタンパク質は、負に帯電したDNAを電気的に引きつけ巻き付けを促進するため、塩基性アミノ酸が多く+に帯電している。染色体の形成の様子とともに、このことも知っておくとよい。
次に電気泳動法の意味を一番、わかりやすい例として、ある劣性遺伝疾患に関し異なる遺伝子構成(健常、保因、疾病)を持つ3人の検体の分析を例に説明してみよう。
(なお、この説明は初学者にわかりやすいように例示したものである。実際にこの制限酵素で認識される具体的な疾病があるわけではないし、現在の臨床・研究の現場で遺伝疾患の認定に電気泳動法が使われるとは限らない(ゲノムの配列を直接解読する分析もある)。)
この疾患に関与する部位の遺伝子は6Kbの距離に、GAATTCという配列を持つ。kbは「キロベース」と読み塩基を示す。6kbは6000塩基となる。
そして、健常の場合、左から4kbの位置にGAATCCという配列を持つが、疾患遺伝子の場合、この1カ所が置換し、GAATTCになっている。
この変異を熟知した研究者は、GAATTCという配列のみを認識して切断するEcoRIを加えて処理する。EcoRIなどの制限酵素は塩基がわずか1文字でも異なると切断しない。
実際、分子生物学実験で標準的に使うmicrotubeの大きさは1円玉と比較するとこうなる。
試料(健常・AA)では、父染色体由来、母染色体由来のDNAとも6kbの両側のみで切断され6kb断片のみできる。
試料(保因・Aa)では、片方の染色体由来のDNA(図では父染色体由来)からは6kb断片のみ、、もう片方の染色体由来のDNA(図では母染色体由来)からは4kb、2kb断片ができ、
6kb断片、4kb断片、2kb断片が混在する。
試料(疾患・aa)では、父染色体由来、母染色体由来のDNAとも4kb・2kb断片に切断される。(但し処理時間が短い場合、真ん中が未切断の6kbも少量残ることがある)
この試料を次に電気泳動装置にかける。下記が電気泳動装置の一例であるが、大きさは弁当箱程度である。
右にVoltage(電圧)50V、100V選択のつまみがあり、スイッチONのボタンがあることからわかるように、ある時間(試料と電圧によるが30分~90分程度)電圧をかける。
この電気泳動装置は「水平型」といい、DNAの泳動の場となる寒天などでできた四角形の構造(ゲルという)を寝かせるタイプである。(この他にゲルを立てるタイプの垂直型装置もある)
ゲルには片側にwell(ウエル)というくぼみが複数(10か所程度)作られており(市販のゲルを買った場合、自ら作る場合もある)、そこに注意深く、ピぺットなどを使い、別々のウエルに順に別々の試料を入れていく。そしてどちらかの端のウエルには、市販の標準的な様々な長さ(塩基数)のDNAが入った標準マーカーを入れる。
wellの側に-、反対側が+の電荷を掛ける。スイッチを入れると、試料の中のDNAは−を帯びているため、最初のウエルの位置(図では上側)から、+の電荷を持つ反対側(図では下側)に移動する。
ゲルは寒天などの素材でできており、見かけ上はなめらかに見えるが、実際、顕微鏡レベルでは表面は凸凹構造をしている。小さいDNA断片(塩基数が少ないDNA断片)はその凸凹を容易にすり抜けて速く進む(イの答、速い)が、大きいDNA断片(塩基数が少ないDNA断片)は、凸凹にひっかかりやすく進みにくく進み方が遅い。したがって、短い塩基数の断片(図では2Kb)は下側まで進み、長い塩基数の断片(図では6Kb)は上側に近い位置にとどまる。「標準マーカー」が「ものさし」のようにKb数の基準となるので、その位置で塩基数が推定できる。ずっと電気泳動をさせ続けると、どんなに大きくて移動が遅い断片でも下端に到達してゲルから外れてしまう。だから電気泳動はある時間(30分~90分)で止め、その時、残っている帯の位置を確認する。実際にはDNA断片の位置が見やすいように蛍光や薬品処理をして帯の位置を浮き立たせる。
試料(健常・AA)は6Kb断片のみ、試料(保因・Aa)は6Kb、4kb、2kb断片、試料(疾患・aa)は4kb、2kb断片のみで、うっすらと細く6kb断片が見えることもある。帯の太さがDNA断片の量を示し、の6Kb断片が最も太く、わずかに存在することのあるの6kb断片はうっすらと見える程度である。
電気泳動による各資料の列の帯のパターンを「バンドパターン」という。各列(試料)のバンドパターンから、各試料のDNA断片の長さを知り、各試料の性質を推定する。
(人間の経済活動では商品の情報や値段を示す複数の線(バンド)のパターンの「バーコード」があり、バーコードの違いを商品スキャナーが読み取り、レジに別の値段が入力される。バーコードの線パターンと電気泳動のバンドパターンはある意味で似ている。)
初学者を意識した本解説では最初から試料(健常・AA)、試料(保因・Aa)、試料(疾患・aa)のDNA断片を図示した。
しかし、実際には実験開始時点では各試料の断片は?(つまり誰(どの試料)が健常・保因・疾病かは不明)であり、結果のバンドパターンをみて分析し、研究者はが6kbのみなので健常・AA、は6,4,2kbが同量あるので保因・Aa、は4,2kb(+うっすらと6kb)なので疾患・aaと推定することになる。
図3でより+の側に速く移動しているのはbなので、分子量が小さい断片はb(ウの答、b)。
ちなみに、以下は縦型電気泳動装置のwellにピペットで試料を入れている筆者(朝倉)である。
問6
この問題を実験考察の内容を考えず、知識だけで解こうとすると以下のようになる。
一般的に、受精において母方の卵細胞と父方の精子の核遺伝子は対等であり、両者の遺伝子が受精卵を経て子に引き継がれる。
一方、細胞質は卵細胞のほうが多く、精子・精細胞は小さく運び込む細胞質も少ないので、細胞質内にあるミトコンドリアや葉緑体は
受精の瞬間、多数が卵細胞(母方)由来となる。(図でC)
精子・精細胞が持ち込むミトコンドリア・葉緑体は少なく、消去されてしまうか、子孫に受け継がれにくいので、子の細胞のミトコンドリア・葉緑体は母由来であり、ミトコンドリア・葉緑体のDNAは母系遺伝をしていく。
ヒトのミトコンドリアDNAはこの通りの遺伝であり、今生きている世界の様々な民族のミトコンドリアDNAの塩基配列の違いを母系で遡っていくと、20万年前のホモ・サピエンスの共通の母(母集団とも考えられている)ミトコンドリア・イブにさかのぼることができるという研究は有名である。多くの植物の葉緑体も母系遺伝である。
しかし、生物には多様性があり、一般的(多数)の様式と異なる生命現象を営むものもある。図ではたしかに精子・精細胞がもちこむ細胞質は少ないが、その少ない細胞質由来の細胞小器官のほうが子孫に受け継がれていく(つまり受精卵自体では多数のほうが消去されていく)ということもある。本設問は、その可能性を実験から探究していく問題である。
電気泳動のバントパターンが同じ場合、同じDNAを持つことが多く、電気泳動のバンドパターンが異なれば、DNAは異なる。核遺伝子の場合、両者ともの遺伝子を受けつぐので、両者のバンドパターンがあわさったような(線の箇所の多い)バンドパターンとなるはずである。しかし、この問題では交雑個体でも(線の箇所の増えた)バンドパターンとならず、どちらかの親のみのパターンと同じである。
(この図では、私の先ほどの図での説明(上→下)と異なり、DNAの移動方向は左→右である。)
左図では青・緑で示したように、雑種の葉緑体DNAのバンドパターンは雄親と同じであることがわかる。よって葉緑体は雄親由来。
右図では赤・オレンジで示したように、雑種のミトコンドリアDNAのバントパターンは雌親と同じである。よってミトコンドリアは雌親由来。
問7
まず、「中間」以外で、どちらかの形態的特徴が出現したもので見てみる。形態的特徴が表れるということはその種の強い遺伝的影響がある証拠である。まず標高による大雑把な傾向を見てみよう。
形態的特徴から標高の高いところにハイマツが生育し、低いところにキタゴヨウが生育することがわかる。(ハイマツは語源が「這い(はい)松」に由来し、標高が高い風の強い高山帯で、風に耐えるように這って生育するような低い樹高のものが多い。)そしてT(ミトコンドリアDNAを供出する雌親)の分布傾向は、ほぼ形態的特徴が示す分布傾向に近い。種子植物の受精の場所は卵細胞を含む胚珠内でおき、これは植物体の一部なので移動しにくい。したがって雌親の由来を示すミトコンドリアDNAの分布と形態的特徴は一致しやすい。
一方、精細胞に由来する葉緑体DNAは、ハイマツが主に分布する高い位置までキタゴヨウ由来が多い。精細胞は花粉の中にあり、花粉は風で飛ばされ移動できるので、山頂に向けた風が吹いた時に低い位置にいるキタゴヨウの花粉が高い位置まで飛んだと考えれる。したがって
興味のある人はこの研究の原論文を読んでみてください。
ハイマツとキタゴヨウの研究
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