2021年大学入試共通テスト「生物基礎」第2問B「ウイルスに対する免疫」(配点9点)問題・解答・解説
【免疫の全体像の解説】(解説の途中に問3・問4・問5の解説も入れこんだ)
侵入する病原微生物などに対する生体防御機構を免疫(immunity)。英語immunityは、ラテン語でmunが労役(仕事・業務)を示し、im-が否定の接頭辞なので、「労役を免除する」意味から、病気を免れるという意味で使われるようになった。
以下は免疫系の全体像を示した図である。図中の番号順に確認していただくことでまず全体像を確認してほしい。
免疫は、すべての動物に備わっている自然免疫(innate immunity)と、脊椎動物で発達した獲得免疫(acquired immunity、適応免疫ともいう)に分類できる。
病原微生物(その中の異物として認識される部位や成分を抗原antigenという)に対し、最初に働くのは自然免疫である。病原微生物の個々の正確な特徴を認識する前に、皮膚や粘膜で病原微生物を物理的に防いだり、涙や鼻水に含まれる細菌細胞壁分解酵素リゾチーム(lysozym)で防いだり、好中球、マクロファージ、樹状細胞など()が病原微生物を食作用でとりこむ仕組みである。
★よって本設問問4の答はである。(注、このは本設問問4の解答選択肢番号であって、この解説の流れの中ののことではない。))
これらの自然免疫を担う細胞は、その細胞膜表面に、様々な病原微生物に共通な成分のパターンを認識するパターン認識受容体(PRR、Pattern recognition receptor)を持つ。その典型例がTLR(トル様受容体、Toll-like receptor)であり、10種類以上が知られている。
(Tollは、ショウジョウバエの発生において背と腹の軸を決定する遺伝子(が指定するタンパク質)として1985年に発見されました。発見した研究者が思わず「toll !」(ドイツ語で「すごい」という意味)と叫んだことで命名された。TLRはそのTollに似た構造を持つということから命名された。)
自然免疫にはこの他、がん細胞・ウイルス感染細胞などを細胞表面のわずかな特徴で排除するNK細胞(natural killer cell)や、病原体などを破壊するタンパク質である補体の働きも含まれる。
自然免疫だけで生体防御できなかった場合、しばらく後に獲得免疫が働き始める。これは個々の病原微生物の抗原などを正確に認識し、その抗原などに特異的に(specific)反応し除去するしくみである。、それは体液性免疫(humoral immunity)と細胞性免疫(cell mediated immunity)に分けられる。
両者とも、まず樹状細胞などが、病原微生物や抗原を細胞内に取り込み、抗原提示細胞(APC、antigen-presenting cell)となり、ヘルパーT細胞(helper T cell)にその情報を伝える。
体液性免疫では、ヘルパーT細胞が、認識した抗原を取り込みその抗原と特異的に結合できる抗体(antibody)を作るB細胞(B cell)を刺激し、その分裂と抗体の大量生産を促す。分裂増殖したB細胞を形質細胞(plasma cell)あるいは抗体産生細胞という。抗体は血液・リンパ液など体液中に大量に放出され、それが「的に当たるヤリのように」抗原と結合し、凝集したり沈殿させたりする反応抗原抗体反応(antigen-antibody reaction)を引き起こす。抗原抗体反応の舞台は体液なので体液性免疫という。体液性免疫は、体液内で分裂増殖し、細胞表面に様々な抗原を持つ細菌に対する免疫においてよく働く。またウイルスに対する免疫では、ウイルスが細胞に侵入する前で体液にある状態で働く。このウイルスに対する抗体を特に中和抗体(neutralizing antibody)という。一般にウイルスに対するワクチンはこの中和抗体を作らせることを誘導することで、ウイルスに対する免疫を獲得させる。
細胞性免疫は、ウイルスに感染された自らの細胞や、自らの細胞が変化し制御なく増殖しはじめたがん細胞、臓器移植の際の他人の臓器に対する拒絶反応などで働く。つまり、細胞性免疫の相手は、体液中に浮遊している病原微生物ではなく、(自らの)細胞であることが多い。
これらの細胞に対しては、抗体などの「やり」では対処ができず、細胞まるごとを排除する。ヘルパーT細胞から、そのウイルスや、正常細胞にはなくがん細胞に変化した時に特異的に発現するタンパク質の情報を得たキラーT細胞(細胞傷害性T細胞)が、そのウイルス感染細胞、がん細胞、他人の移植細胞を排除する。
★本設問問3の答はである。設問に「ウイルス感染細胞を直接攻撃する図2の細胞」とあるので、ヘルパーT細胞やマクロファージではない。最初の自然免疫で働くのはNK細胞であり、その後、ウイルスに対する免疫の主体に変わるのは細胞性免疫のキラーT細胞である。(マクロファージは自然免疫での食作用を担うが主に細菌に対してである。またウイルスに対しても体液性免疫のB細胞による中和抗体も生成されるが、ウイルス免疫の主体ではない。)
ヘルパーT細胞(helper T cell他の細胞に情報を伝え、他の細胞の働きの活性化を助ける)とキラーT細胞(killer T cell、狙った細胞を、殺し屋(killer)として殺す)という言葉は単刀直入でわかりやすいが、キラー(killer、殺し屋)という言葉使いはよくないのではないかとの反省から、最近は、細胞傷害性(「障害」ではない)という言葉が使われ、細胞傷害性T細胞(T cytotoxic cell、略称Tc、細胞傷害性Tリンパ球(cytotoxic T lymohocyte、略称CTL)と言われる。ヘルパーT細胞とキラーT細胞を比較する文脈ではThとTcの略号、キラーT細胞のみを論じる文脈では略号CTLが使われる傾向がある。cyto-はギリシャ語由来の英語接頭辞で「細胞の」を示し、toxicはギリシャ語由来の英語で「毒」を示す。
なおT細胞は胸腺(Thymus)で分化成熟することから、B細胞は、鳥では、総排泄腔近くにある袋状の器官である「ファブリキウスのう」(Bursa of Fabricius)で分化成熟するこことから命名された。ヒトではB細胞を分化成熟する特定の器官はなく、骨髄での生成後徐々に成熟する。
正常細胞ががん細胞化する時、あるいは正常細胞がウイルスに感染させられウイルス感染細胞になる時、細胞はウイルス断片やがん細胞特有のタンパク質を細胞表面に提示することが多い。まるで「私はがん化してしまったので(私はウイルスに感染させられてしまったので)、免疫細胞さん、私を排除してください」と提示するようなものである。ヘルパーT細胞から、ウイルス断片やがん細胞特有のタンパク質などの情報を認識した細胞傷害性T細胞は、体内をパトロールし、細胞表面にそれらを提示している細胞を発見すると、その細胞を破壊する。また他人の臓器の細胞の場合は、細胞表面の非自己のタンパク質などを認識して破壊する。自らの免疫細胞が、細胞を破壊する免疫なので、細胞性免疫である。
体液性免疫でも細胞性免疫でも、免疫細胞は他の免疫細胞を活性化する物質を出す。これをサイトカイン(cytokine)という。その一例がインターロイキンである。新型コロナウイルス感染症の場合、このサイトカインが適度でなく過量に出されることで、免疫系が過剰に働き、重症化や死をもたらすサイトカインストーム(cytokine storm、stormは嵐)が問題になっている。正式な日本語訳はないが「免疫暴走」と表現することもある。
サイトカイン(cytokine)はcyto-がギリシャ語由来の英語で「細胞」、kineがギリシャ語由来の英語で「活性化する」で合わせて「他の細胞を活性化する物質」という意味。インターロイキン(interleukin)は白血球(leukocyte、white blood cell、WBCともいう)が出し、「白血球の間(inter)で働く物質」という意味。T細胞・B細胞など免疫細胞は広義には白血球の一種とされる。「白血球」という言葉は「赤血球」でも「血小板」でもない血液・リンパ液中の血球(細胞)の総称である。
いったんこれらの活動で活性化した細胞はキラーT細胞とヘルパーT細胞もB細胞も免疫記憶細胞として残され、2度目の感染の際に速やかに働く。抗体産生をするB細胞の場合は、抗体の産生が速くなるだけでなく産生量も増す。これをブースター効果という。新型コロナウイルスワクチンを2回目を投与する理由は、抗体産生量を増すことによる効果増加が目的である。
★本設問問5 なおA抗原に対する免疫記憶細胞は、Aの二度目の侵入以外に対しては働かない。別の抗原に対しては別のB細胞が初回侵入時と同じ速度・量で抗体産生を行う。したがって、本設問では、
2回目のA抗原投与で、急速に大量に抗体が産生されているが答である。
最後に、正解の図をもう一度確認しておこう。
抗原Aをワクチン接種と読みかえると2回接種の意味がよくわかるのではないでしょうか。
★2021年「生物基礎」では、もう1題感染症に関する問題が出題されています。あわせてご覧ください。
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